昭和時代の理想の青春
変わらぬ理想の青春の見本
この作品は少年マガジンで1981年から1983年にかけて連載された、中高生男性向けの作品である。典型的な高校生のカップルの恋愛ものだが、少年誌に掲載された作品なので、視点のメインは彼氏の一平の側で描かれている。しかし、彼女の知佳の心情も非常に詳しく描かれているため、女性が読んでも共感が得られる物語構成になっている。
この作品から感じるのは、高校生活はかくありたいという理想なのではないだろうか。中学生や小学生が読んでも、高校生になったらこんなに切なく楽しい恋愛、部活動、アルバイトなど充実した生活が待ってるのかなとわくわくするし、高校生は自分もこんな風に過ごしたいと思うだろう。
携帯電話などがない時代、デート内容やコミュニケーションの在り方などが全く異なるが、恋愛も学生生活も存分に満喫できる悔いのない青春とは、この「胸さわぎの放課後」が原点のように思う。
近年ヒットした、特に少女漫画の理想的な青春を描かれた作品などは、その理想の模範としてこの作品を基にしているのではと感じるほどだ。仮にそうでなくても、多くの人が青少年時代に心に描いた青春とは何ぞやの答えがここにある。
多感な時期に人を好きになり、学校生活を存分楽しめるという事がいかに幸せか、この作品を読むと感じる。
不便だからこそ大人の対応ができた時代
当然のことながら、この作品の時代は携帯電話などというものは存在しなかった。相手へは学校や課外で直接話すか、手紙を書くか、家庭の固定電話に電話するしかない。
今の若者は、安易にスマートフォンのアプリでダイレクトに相手に24時間メッセージを送ることができるため、相手の生活のペースに無頓着になって返事がないだけで相手の気持ちを疑ったり、既読にならないだけで落ち込むなど、悩みが非常に自己中心的になっている。
いつメッセージをしても返事が来るのが当たり前だと思っているし、また、返す方も返信に妙な義務感を感じたり、SNSのつぶやきに「いいね」が付くかつかないかだけで人間性をはかったりする。
「胸さわぎの放課後」を読んでいると、いかに現代のそういった対人の悩みが、自己中心的かつ不自然で、本来人間が感じるべきストレス(悩み)でないことがわかるし、非常に子供じみていると思わされる。
携帯がない時代、家族の誰が出るかわからぬ固定電話だからこそ、お付き合いしている相手の家族への配慮を誰もがしていた。相手が発する言葉の意味を真剣に考え、また、口頭がメインのコミュニケーション手段だったからこそ、言うべきことを吟味し、誠実に伝えようと必死だった。
常に相手を慮っていた時代だ。知佳と一平も、親に内緒で旅行をするなど、やんちゃをすることはあっても、ばれた時に知佳の父親に真剣な思いを理解してもらおうと殴られる覚悟で謝罪する一平を見ていると、今の若者にここまでの対応ができるだろうかと感じる。
誰しもが昔から、ポケベルや携帯電話、メールのような通信手段を夢見ていたが、それらの手段がない時代の方が、相手に誠実な態度が取れていたというのは皮肉な話だ。
性行為を恋愛の物差しにしない男気
昔から男子が女子に性的関心を持っていることは今も昔もあまり変わりはない。昔もエロ本などはあったし、今ほどの情報化社会じゃなかったにしろ、耳年増になっていて、そういう行為に抵抗がない未成年はいつの時代にもいるものだ。
しかし、少年漫画で、ある程度性への興味はあっても、彼女と安易に性行為に及ばず、数年の付き合いを続けるというのは非常に稀なのではないだろうか。同様の漫画に、あだち充さんの「みゆき」などがあるが、少年漫画で男性側が性行為を愛情の物差しにしない男性は非常に貴重だと言える。
少女漫画では数年付き合っても性行為に及ばないというパターンはかなり多いが、少年漫画の恋愛ものでは、比較的珍しい部類ではないかと思う。
しかも、一平は性行為に積極的でない知佳を責めることがなく、未成熟な女性である知佳が、好意があっても怖がる気持ちをある程度理解している描写もあり、安易に性行為に及ぶ男性には一平の心情を模範とすべきではないのかと感じる。
また、男性の側だって興味だけではどうにもならず、戸惑っているという描写は、女性には新鮮な驚きもあるだろう。
誤解の描かれ方が見事
どんなに相手を思いやっていても、勘違いや嫉妬、思い込みで時に気持ちがすれ違ってしまうことはある。恋愛にはよくあることだ。成績が落ちたことで、距離を取って勉強をしようという気持ちを避けられたと思ってしまったり、知佳が内緒で手編みのマフラーを用意するために一平に会う回数を減らしていたことを、一平が自分を嫌っていると勘違いするエピソードなどは、俯瞰で見ていると「ええい、違うんだよ」と口をはさみたくなってしまう。しかし、そういう誤解も含めて二人が理解し合い、成長していく姿が眩しく羨ましい。悩みすらも青春だと思えてしまう、そんな作品である。
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