センセーショナル!賛否両論のある独特な作品
主人公、輝一の価値観が全てを動かす
主人公である染谷輝一は何ものにも左右されない価値観の基に生きる人物であるというのが、真っ先に抱いた印象です。暴力というある意味では最も分かりやすい形で己の感情を表現する事に共感できる人は多くないでしょう。しかし、目の前で起きている事に対して正しいのか、間違っているのか、至極当たり前の判断を下し、世間では間違いだと言われる暴力を使って表しているだけなのです。ごく普通の両親から生まれ、特別な育てられ方をしたわけではない輝一は、生まれながらに自ら何が正義で何が悪なのか判断のできる、唯一無二の価値観を備えているのでしょう。それは、様々な事を見聞きし、経験し、歳を重ねる事でも一向に変化する事のない重厚なバックボーンとしてあり続けました。
輝一の価値観はこの作品においての価値観として、終始物語を進める指標とされていきます。では、この価値観が他の登場人物を含め、世間一般、万人に合致しているのかと問われると、一概に肯定する事は難しいのではないでしょうか。輝一と同じ立場に立った時に同じ判断を下せるか、また、同じ行動を起こせるか、正しいと感じる事を貫き通し、間違ったと感じる事に拳を振り上げられるでしょうか。多くの人には真似できない、非常に難しい事であると感じます。それを輝一は全てにおいて己の道を信じ、貫き通すのです。
また、輝一が競馬で勝ち馬を当てるという描写が出てきますが、これは常人離れした、物事を見抜く力を備えている共に、人間として特別な存在である事を表現しているのではないでしょうか。特に物事を見抜く力という点は、続編である『キーチVS』を描く上でも重要なファクターになっていると感じます。秋本弘恵や甲斐慶一郎、石塚広美など、輝一が心を許す数少ない登場人物たちは、独自の価値観を持つ輝一を信じ、力になってくれる者たちです。それを証明するように、その人物たちだけは一人で生きる事を好む輝一が自分のそばに置き、逆にそうでない者には心を許さず、執着もしていません。様々な人と出会い、言葉と交わし、同じ時を過ごしても、それぞれの扱い方が変わらない事から、出会った瞬間に見抜く力を駆使して判断を下していたのでしょう。但し、それも世間的な評価ではなく、輝一の価値観に照らし合わせた結果なのです。
そのように己の道を進み、仲間を増やしていく輝一は次第に社会と対立していく事になります。それこそ、大衆に流されない独自の価値観を持つと共に、それを信じて疑わない強固な意志を貫き通すカリスマ性を備えた輝一の宿命だったのではないでしょうか。
秀逸な表現と描写が魅力を引き出す
この作品の序盤は輝一の幼少時代が描かれており、激動の人生を送りますが、物語の輪郭が曖昧で何を目的としているのか、いまいち分かりません。輝一が小学校へ入学し、甲斐と出会ってからは怒涛の展開を見せ、社会と真っ向から対立するという構図が出来上がります。この序盤をぼかす魅せ方には賛否両論あるのでしょうが、「何を描きたいのだろう」と思わせる事で先を読ませ、徐々に世界観を浸透させていく点に意図があるのであれば、このような魅せ方もあるのかと感心してしまいます。多くの作品では物語の目的を序盤や、早いものでは初回から明らかにし、そこに向かって物語が進んでいきますが、それに逆らうかのような独自性のある表現を選択しています。
ともすれば、その序盤部分が面白くなければ読者は離れていきますが、その点にも抜かりはありません。輝一は物心つく前に両親が通り魔に刺殺されたり、ホームレスと同居する事になったり、山中で自給自足の生活を送るようになったりと、幼児期ではまず考えられないような波乱万丈な生活を送る事になるのです。
特に両親が刺殺された事件には衝撃を受けました。もちろん、幼い輝一を守る為に体を張った両親の死もそうですが、輝一が死という悲しみを受け入れる描写は他に類を見ないものでした。両親の死を目の当たりにしながらも取り乱すとは違い、ただただ暴れ続ける輝一。今にして思えば、これは輝一なりの気持ちの整理だったのかもしれません。そうして、暴れ続けた末に、ふと両親がいない事を理解した瞬間に堰を切ったように泣き始めます。これも短い間ではなく、数日間泣き続けるのです。ここまで威烈に子どもの成長、幼いながらに死を受け入れる瞬間を表現した作品はなかったのではないでしょうか。また、輝一が普通では考えられない程の間泣き続けたのは、それだけ両親から受けた愛と、それを確かに感じていた輝一の心、そして、最愛の人を失った事への悲しみの大きさを表現したのでしょう。
このように他では観た事のない、表現と描写がこの作品の魅力の一つである事は間違いありません。
社会批判!しかし、今の社会を肯定できる点も盛り込まれていた
輝一を通じて痛烈な社会批判をする、万人受けのする内容だとは言い難い本作品ですが、そんな中で、これは万人に共通する認識であり、この社会で確かな事であると感じる描写がありました。それは情報という力は非常に強力であるという点です。終盤、児童買春の問題を解決する為に、輝一は甲斐と共に奔走する事になります。その最終手段として用いたのは、マスコミを利用する事でした。暴力を駆使して目の前の問題を解決してきた輝一でも、相手が大人となり、権力者ともなれば、暴力だけでは解決しきれなくなってきます。そこで、社会を批判する為に、社会の仕組みの一つを利用するのです。この方法は甲斐の入れ知恵ではありましたが、輝一はあっさりと納得しています。
これは非常に痛烈であったと共に、社会の中で力のあるものは絶対なのだと感じました。今の社会、情報はより早く伝達され、より強力な影響力を持つようになってきました。その分、うまく扱えば強力な武器であり、一般人が政治家等の権力者を罰する事もできます。逆に利用されれば、こちらが簡単に傷つけられる、諸刃の剣ではありますが。
この社会批判をする作品の中で、社会の仕組みを上手く利用する一連の展開は、単純な批判だけではなく、肯定すべき点、利用できる点を合わせて表現されており、より今の社会を考えさせるファクターとなっています。ただの社会批判漫画ではないという結論を与えてくれました。
祖母の言葉「子どもに戻れ」その真意とは
ホームレスたちとの共同生活、秋本弘恵との出会いと別れ、山中での自給自足生活を経て、祖父母たちの元へ帰り着いた輝一が、一人だから楽しい、一人で生きられると主張するのに対し、祖母が言い放った言葉です。この言葉が輝一に与えた影響というのはそれほど大きくないと思えます。それは小学校の転校先で開口一番、クラスメイトに近付くなと言い放ち、一人でいる事を好む様子からも察する事ができます。
与えた影響は少なかったとはいえ、この言葉を言い放った祖母の心中、真意を考えると様々な想いが込められていると感じます。自分の子が命に代えてまで守った孫に甘えてほしいという願望。その孫が自分の元を離れてしまうという恐怖感。そして、手の届かない存在となってしまったのではないかという不安感があったと思われます。実際には約8か月もの間、行方も分からずにいた幼児が、見付かった時には、たった一人で山中にて自給自足をしていたという前代未聞の状況では、誰もが無意識に浮かぶ想いではないでしょうか。祖母が怒鳴ったこの言葉は、悲痛な叫びにも聞こえました。
しかしながら、そのような想いの根底には、祖母ですら輝一という幼児が既に自分と同等な一人の大人、人間であると認めたからこそ、この言葉が出たのではないでしょうか。怒鳴るという事から、考えて言い放つよりは咄嗟に出た言葉である可能性が高いです。という事は、無意識化に感じていた、輝一に認めさせられたと言えてしまうかもしれません。
「子どもに戻れ」というたった一言。そこには祖母の想いの裏に隠された輝一のカリスマ性を浮き彫りにさせる効果が秘められているのではないでしょうか。
隠れた天才!甲斐慶一郎という存在
輝一の参謀として児童買春の問題を解決する筋書きを描く甲斐慶一郎は、輝一という圧倒的なカリスマの陰に隠れた天才です。全国模試で1位をとり、クラスメイト相手に利息で金を稼ぐなど、その片鱗は各所に見られます。社会を変えるという目的を持った甲斐という存在は何なのでしょうか。
それは、この社会で真に権力を持つ者を、相対的に描いているのではないかと考えます。本作で描かれる政治家もそうですが、表立って活躍する者はあくまでもカリスマ性があり、大衆へ影響を与える事のできる者がなります。しかし、その人物が必ずしも全てを決め、全てを動かしているわけではありません。実際に筋書きを描き、演出を練るのはその右腕と言われる参謀の役となります。これは、一般的な企業を見てもそうではないでしょうか。
輝一が社会と対立する事がこの作品の大目的ですが、当人に社会を変えるといった目的があるわけではありません。あくまでも己の価値観と合わないから対立しているのです。一方、甲斐は社会を変える事が目的と公言しています。輝一の価値観を見出し、己の目的と照らし合わせ、その目的達成に最も必要な人物であると判断した甲斐。この人物こそが、輝一サイドにて最も痛烈に社会批判をする者であり、最も周りを動かしている陰の主役ではないでしょうか。そして、この社会での最高の権力者は誰であるかを表現している存在であると考えます。
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