いちいち感動してしまう愛の深さ
天狗×女子という合わせ技
天狗が当たり前のように生きている街。お山に天狗がいて,人々のことをひっそり見守っている,そんな世界。その昔,天狗と美人な人間の女性が出会って恋に落ち,1人の女の子をもうけ,秋姫と名付ける。天狗と人間のハーフである彼女は,天狗名・太郎坊という名前を持ちながらも,自分は天狗になんてなりたくない,と母親とともに人里で暮らしているのである。
街のみんなからすれば,天狗の娘である秋姫は珍しい存在そのもの。確かに異様に怪力だったりはするが、特別な能力があるわけでもない秋姫は,普通に人として扱われたいと思いつつ,お父さんのことも嫌いにはなれない。優しいヒロインだ。
人なのに天狗に弟子入りした次郎坊の瞬や,眷属の仲間たち,母親,色々な人たちに支えられて,秋姫は女子高生らしく生きているし,天狗っていうのはむしろギャグ的な要素かなーとすら思える始まりなんだよね。秋姫は常に意思を尊重してもらって,大事にされているから,ほほえましい印象である。天狗の子だって恋をする。憧れの人と同じ高校に通いたくて,高校を選んだくらいの,本当にごく普通な女子が過ごす毎日。当初はただその時間がゆっくりと流れて,ほんわかメインの漫画になるのかと思っていた。とにかく雰囲気がゆるくて,絵も綺麗とは言えないし,ふざけてる要素がかなり多め。憧れのタケルくんも思ったほどイケメンじゃないし,微妙。そこから徐々に恋というか,深い愛の要素とか,思考の深い展開になっていって,どんどんおもしろくなる。
天狗に関する知識やお祭り,各地に散らばる同族との交流はなかなか勉強にもなった。もし本当に存在したらこんなふうに見守っていてくれているのかも…という妄想が広がるいい世界観だ。
日常を丁寧に描くからこそわかる切ない気持ち
知っての通りだが、女子って本当にめんどくさいのだ。でも何かあったその後の輪の広がりが素敵だったりもして,学校や学校での行事って,すごい威力を持っているって痛感する。天狗の子ってことでキラキラ女子とは少し離れたところに分類されている秋姫だったが,まさかの憧れのタケルくんとお付き合いをスタートさせる。だけどこれはあくまで当て馬で,瞬と秋姫がお互いの気持ちに気づくまでを丁寧に描いているってことに気づかされるわけ。ここらへん,うまいよなーって思う。瞬に関しては,最初から秋姫への気持ちなんて変わってないんだけど,タケルくんとの関係性もあって,すごい複雑なんだよね。秋姫がさっさと気持ちに気づけばよかったんだけど,近すぎる存在の大事さって,なかなか気づけないものだからね。
タケルくんは秋姫をちゃんと大事にしようとしているし,彼の気持ちもちゃんと恋だったと思うんだよ。でも,大事なときほど自分を頼ってくれない秋姫のこと,好きでいられる自信がどんどんなくなっていって…せつなかった。みどりちゃんとタケルくんは,瞬の行動が常に誰のためなのか,秋姫が必要とするのは誰なのかに気づいていて,でも秋姫がタケルくんを好きなのも間違っているわけではなくて…いったいどうする気なの?っていう表現に恐れ入る。
徐々に「天狗」にフォーカスがうつり,秋姫がずっと抱えてきた孤独や悩みが焦点となる。天狗の力が覚醒したら,もう人間に戻れないかもしれない。いま幸せのまま,生きていきたいのに,動くことがとても怖い…秋姫の気持ち,とても共感できるよね。天狗でなければできたことがあった,と考えるよりも,天狗だからこそ助けることができた・救われたもののほうが大きくて…それなら自分はこれから天狗にならなくちゃいけないのかなとか,なりたくなくても逃げられないような宿命に,抗いたい年頃なんだよね。怖いけれど,立ち向かうと決めて,天狗の力をコントロールできるようになろうと決意できるまで,本当にいろいろあった。その中で,タケルくんとの関係も,瞬との関係も変わってしまうけれど,後ろ向きな気持ちよりもずっといい。そんな潔さが魅力の1つだ。
結局は誰と誰がくっつくかなんて決まってた
瞬が秋姫を大事にしていることなんて,最初からわかっていたはずだった。秋姫だって,助けてほしい時に呼ぶのは瞬だしね。そこでさらに,瞬の気持ちが明らかになった時の感動。もうね,「最高」の一言だ。
瞬にとっては,秋姫が誰と付き合おうが,秋姫が大変な時に助けるのは俺だっていう自信があるってことなんだよ。そして,秋姫が自分から離れて行ってしまうかもなんて考えていないし,そばにいてくれさえすれば後はどうでもいいって思っている。…瞬の愛の深さに卒倒しそうであった。こんなふうに誰かに想われたいものだよね。序盤は明確な言葉にはならなくて,終わり際に明らかになるんだけれど,思い返せば瞬の行動は全部秋姫のためだったなー…いつも見守ってくれていたなー…この瞬間のために,紆余曲折があったのだと気づかされるのだ。
そしてそういうときの瞬は本当にイケメン。今までの絵のクオリティが嘘かのようなイケメンへと変身する。やきもちを焼くとか,そんな低レベルなことじゃなくて,確信的に俺さえいればって思ってるのが素敵だよね。思わず顔がにやけた。
秋姫も,常にそばにいてほしい人が誰なのか,なくてはならない人は誰なのかということを,モミジや修行を通して振り返り,そして何よりタケルくんが教えてくれて,気づかされていく。みんないい子だから,本当に和むよね。こうやって大人になっていくんだなー秋姫は本当に守られているなーって思う。
あなたたちのおかげです
当て馬と言うにはもったいなさすぎるタケルくん,そしてみどりちゃん。あなたたちのおかげで瞬と秋姫は成長したのであります。そのシュールさとクールさも素敵だけれど,やっぱり大事なところでのフォローが秀逸。
みどりちゃんにいたっては,最初から瞬の行動の意味にちゃんと気づいていて,的確にアドバイスをくれていたからね。秋姫にとっていかに大事な存在か,そしてみどりちゃんにとっても秋姫がいかに大事なのかがわかってほほえましい。幸せになってもらいたい…!って心の底から思っていて,紫さんという人が登場したときのあの感動は忘れられないね。ツンデレ女子のデレをようやくおがめた!!
そしてタケルくん。男として頼ってもらえなかったせつなさも,天然君なところも,瞬を大事にしたいっていう友達想いなところも,自分よりも他人を優先できるやさしさも…魅力しかない男だった。不器用だけれど,いい人。だからこそ,うららという人が彼を救ってくれたことが嬉しくてたまらんね。
やっと登場お父さん
天狗のお父さんはもう一生登場しないと思っていた。だけど,この最後の涙のときのためにあったんだなーと感動したね。娘を想って涙を流すお父さん。やっぱりいい人やなーって思う。
秋姫の試練に関しては,力を使いすぎることで天狗を通り越して狐になってしまうという話になり,ファンタジーがいったいどこまで…?という広がりを見せたけれど,そこで瞬や,未来の人たちまで登場して救ってくれて,めでたしめでたし。今現在の,自分の幸せをずっと探してきた秋姫だったけれど,過去も,今も,未来も,全部がつながっているってこと,そして過去の意味も,これからの未来も,今がつくるんだということを学んだことだろう。
さすがに最後は瞬も素直で,いい終わり方をしたよね。天狗だって人だって,思いやる気持ちに変わりはなくて,悩んだり,苦しんだりしながら進んでいるんだよなーって思える,優しいファンタジーだったと思う。漫画大賞とったらしいし,やっぱりのこの優しい雰囲気に惹かれた人が多いってことだろう。
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