死の真相を探りながら自分自身のことも解き明かす
1人の人間がどう生きたかって面白い
ある女性が癌で亡くなった。まだ19歳という若さで、彼女は生涯を終えることになった。学校ではあまり目立たない女の子であったが、彼女は親の知らないところでいったいどんな生活をしていたのか?水帆はその謎を解き明かしながら、自分自身とも向き合っていくこととなる。
折口はるか。彼女は親には水帆と言う友達がいたと話していた。しかしそれは嘘で、水帆とは特に接点はなかった。なぜ彼女はそんな嘘を…?はるかはいったいどんな学校生活を送っていたのか?母親は水帆にはるかについて調べてほしいと懇願する。クールで感情の機微の少ない水帆は、彼氏に浮気されてちょうど破局したタイミング。今まで訳も分からず生きてきたような自分を変えたい。そう水帆が願ったタイミングで起きたことだったからこそ、水帆は調査を受け入れた。
そこで出てくる内容は、折口はるかに恋人がいたらしいとか、妊娠していたらしいとか、不倫していたらしいとか…?悪い噂たち。でも一つ一つ丹念に調べていくと、いかに彼女があたたかで、しっかりとした女性だったのかが見えてくる。彼氏は小さな男の子。セクハラ教師は子供を大切にしている父親。矢内先輩のほうが折口はるかを好きだったし、鳴海(兄のほう)も彼女を好きだった。学校でいじめられていたのはほんの一側面に過ぎず、彼女はたくさんの人に愛されていた…。一人の人間の生き方を知るということのいいところは、その人生を追体験できるということ。イメージすることで、自分自身に反映して生かすことができる。彼女の謎を解き明かすことは、水帆自身が自分を解き明かすことと強く結びついていて、物語の構成がうますぎる。ミステリーってわけではないのに、怖い。知るのが怖い。でも知りたい。読者をそんな気持ちにさせてくれる。
心からそうしたいと願うこと
水帆のキャラクターって、難しいけれどよくわかるんだよね。「何を考えているかわからない」って言われても、自分もなぜかわからない。自分がどうしたいかって深く考えたことなんかない。でも、誰かに求められたら嬉しいし、応えたいと思うのは本当の気持ち。だけど、言葉や行動にしないと他の人には気づいてもらえない。そこでどうするべきかがわからなくて、離れていく人を追うこともできない。悲しいとも思えない…。これって、冷静に物事を見ているとか、冷めた目で判断しているとか、そういうことじゃないんだよね。根本的に「わからない」っていうのが正しくて。いつも正解を探して、うまくやろうって行動するから、飾ってる・壁があるふうにみられるんだ。
そんな水帆が心をさらけ出せたのは、鳴海だけだった。彼には何もなかったし、執着されることも自分が執着することもない。自由で、何をやってもよかった。心を解き放ってくれるのは彼だけだった…折口はるかを調べていくと鳴海の存在は避けては通れないものだと知る。初めて心が揺れ動く衝動。すでに死んでしまっている折口はるかの行動の意味に悩み苦しみ、少しずつ変わっていく水帆。温かみを知り、覚えていく。そんな展開が読んでいる人をドキドキさせる。恋愛とはまた違う、自分の価値観みたいなものが音を立てて崩れて、もう一度積みあがっていくような、始まりのドキドキだ。
鳴海は何も言わない。誰も助けないし、誰も愛さない。すべてを知っていて、何も言わないのは、折口はるかを守るためなんかじゃない。兄を守るためなんかじゃない。精神科医の母親から監視されて20歳まで生きた彼は、ずっと何かを探していて、誰かに見つけてほしくて、でもやっぱり誰にも見つけられたくない。複雑な心の持ち主。解放されているはずなのに、苦しい。彼は最後まで、自分で「こうしたい」と行動することができなかったね…。水帆の愛も、受け入れるだけの余裕が持てなかった。水帆は開放されたけど、鳴海のことを考えると、せつない。
物語の結末は灯台下暗し
水帆の親友が子どもを身ごもっておろした張本人だった。そして折口はるかと仲が良かったのも彼女だった。答えはすぐ近くに転がっていて、でも解き明かされたくない人もいる。ほじくりかえされて、苦しむ人もいる。だけど、しこりになっていた部分をぶっ壊して粉々にして、もう一度組み合わせるときに、綺麗にはまったらいいじゃない。親友だって、水帆のことが好きだと思っていたし、憧れていたからこそ、分かり合えないもどかしさがあったんだ。なんでもできる水帆と自分を比べて、コンプレックスを抱いていたことも確か。水帆はとにかく人と関わることが下手すぎたんだね。いじめられた折口はるかにハンカチを手渡すのが精いっぱいで、それ以上の優しさの表し方がわからなかっただけ。これからの水帆はより素敵女子になるはずだ。
精神科医の母親の恐怖
自分の研究のために、子どもを利用したような女。鳴海は行動すべてを観察され、記録され、実験台のように育てられていた。でも、それは別に誘導していたわけではなくて、常に子供には自由を与えていた。最低限必要なお世話は家政婦が行った。「これからどうしたらいい?」と問う鳴海に、「知らないわ、勝手に生きていきなさい」と言う母親。「あなたの人生だ」とも。母親の愛を教えてあげなかったことで、鳴海は空っぽな人間に育ったのか?いや、それがなくても、与えようとしてくれる人物が現れることがわかったし、それでも前向きに生きていくことができるとわかった。母親からしてみれば、最高の実験材料だったことだろう。ただ一つ、生きる目標・目的がもたらされなかったことが失敗かな…。愛されなかった彼は水帆を愛してあげる方法がわからなかったし、それが生きていく原動力にはならない。でもいつかどこかで、理解しあえたら嬉しいな…。それまで水帆も、待っていてくれたらいいのにね。
水帆のことも、鳴海のことも、もしかしたら折口はるかのことも…すべて調べられて、巧妙に仕組まれていたのだとしたら、彼女は怖すぎる。そうやって人の心を誘導して、誰かにとってうまくいくように仕向けて…いつも裏で笑っているのかもしれない。謎は解けたのに、すべて彼女の手のひらの上だったのかと思うとムカつきすぎる。想定外のことが起こったりはしないのかな…。次々現れる精神を病んだ人たちを、決してもてあそんでいるわけじゃないのだろうけど、ほくそ笑む彼女でラストを迎えたことが悔しすぎた。
何を思いどう行動するかは操られたくない
折口はるかのことを調べると決めたのは水帆自身。誰かに何かを言われたわけじゃない。もちろん、母親にせがまれたからもあるが、変わろうとしたのは水帆自身だ。なのに、どうしようもない水帆の母親、鳴海の母親の思い通りに事が進んでいたような終わり方をされて心底悔しかった。まさかたくさんの患者を抱えているのに1人の患者のことだけ膨大な時間をかけたとも思えない。だから、決断までコントロールしていたとは思いたくない。要所で誘導はなされたかもしれないけれど、あの終わり方は、鳴海を少し人間らしくしてくれたことへの感謝の笑いだったと思いたいよ。そうしないとムカつきすぎて嫌になる。
曖昧に繋がっていたものが一度壊れて、もう一度繋ぎ合わされて強く結びつく。ピースにはそれが込められていると思う。恋物語としてはあまりにいびつなので、青春推理小説のような気持ちで読むといいのではないだろうか。
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