ピカソだってわかっていたけど抵抗していた
絵が巧すぎてどうしよう
表紙といい、扉絵といい、全部がこまかくて、いったいどれくらいの時間をかけてこの線を描いているんですか?と問いただしたいほどの出来。「バクマン。」「ヒカルの碁」などを手掛けたあの有名な小畑さんでさえ、絶賛してしまうほどの出来である。よく見たらこの「幻覚ピカソ」を描いてる古屋さんって「帝一の國」の人じゃん…!そりゃーうまいわけである。
ピカソと呼ばれるヒカリの立ち位置ってちょっと変わってて、ウザがられているってわけでもなくて、確かに絵ばっかり描いてるけど否定はされていないっていうか…自分自身で卑屈になってるパターンだ。ヒカリをおもしろい、と捉えてくれた千晶がいて、彼女がそばにいたから完全には拒絶されなかったのかもしれないけど…はたから見たらずいぶんといい環境にヒカリは存在している。
そんなヒカリの絵がとにかく秀逸。1本1本の線の細かさ、心の絵をどう表現するかという部分、そしてそれが最初から最後まで継続される驚き…この漫画を仕上げるのにいったいどれだけの時間を使ったのだろう?と不思議になるくらい。だから3巻までしかもたなかったのでは?
スケッチブックと鉛筆2B、そして河原の水をこよなく愛するヒカリ。彼が、千晶の死をきっかけとして千晶の妖精ちゃんに導かれ、人助けに邁進する。絵で闇をとらえて絵で救う。そのたび幽体離脱を必要とする完全なファンタジー漫画ではあるが、事件が解決されたときの喜びはヒシヒシと伝わる。絵を入り口として、人の心に入り込む。そんなことをやってみたい。
ヒカリはリアリスト
ピカソという名前はヒカリが人にからわれる理由になった名前。違う言い方をすると、千晶がヒカリに「ピカソ」というあだ名をくれて人とのつながりをくれた、と言えるだろう。
画家のピカソは本来相当有名で、表現画風的にもシュールレアリストという自由さを持ち、気の向くままやりたいようにぶつけていく、そんな熱い画家である。絵は常に意味を持ち、何かを伝えるために存在する。どれだけめちゃくちゃに見えても、必ず意味がある。ヒカリの絵もまたぱっと見何を意味しているのかがわからないが、読み解いていけばそこには間違いなく人の心の闇があるのだ。
人に興味を持たない・自分を守って生きていくことに必死だったヒカリ。誰かと関わって楽しいことがあるとの同じ分だけ、実は悲しい・悔しい気持ちをするのが人間関係だ。そのわずらわしさは、受け入れるのに人それぞれ時間がかかる。結局それは、自分がちゃんとがんばってないってことを認めることでもあって、必ずつらさもある。そこに無理やりにでも向き合わせてくれた千晶。君のおかげでヒカリはまともになれた。
プライドだけは立派に高く、お友達はスケッチブックと2Bの鉛筆。河原の水は確かに君に何も言わないかもしれないが、何かをしてくれるわけでもない。自分が何かを始めない限り、前には進まない。そして動き始めたら目まぐるしく変わっていく。人助けをしなければ体が腐って死ぬという脅しがなければ動くこともなかっただろう。人の振り見て我が振り直せ。
どれも当たり前のように出会う感情
ヒカリが相手にする心の闇は、誰でも考えてしまう気持ちが大きくなったものだ。お父さんに気持ちを伝えられない男の子、姉妹なのに遠い存在であること、恋の命運、身近で実は目まぐるしく事は動いている。そのどれもが、みんな真面目でいい子だからこそ、起きるらしい。一生懸命どうしたらいいだろうって真剣に考えて、わからなくなって、でも誰かに相談なんてできなくて…一人で閉じ込めて悶々としている間に心の闇は手が付けられないくらい広がっているものなのだ。
「自分が間違っていると認めること」って、けっこうな重みがある。何も持っていないくせにプライドだけは立派に高々と積み上げられているのだ。そしていつの間にかストレスをため、自分をダメにしていく。ストレスって何をするにも発生するから困ったものだ。生きていくためにはストレスをかけられても跳ね返す強さがないといけないだろうが、大きすぎるストレスは病気を生む。ちょうどいい試練なんてないんだよなー…相手が大きいほど、燃えるタイプになりたいものだ。
心の弱さが原動力になるように、少しでも悩みがあったら打ち明けられる相手を持ったほうがいいね。この漫画を読んでいるとそう思わずにはいられない。自分だけで考えることも大切なことだが、答えのない問題や、考えるより動くべき問題のときは、明らかに誰かの言葉があったほうがいい。
ヒカリだってね、人気者の杉浦くんにイライラするってことは、自分の生き方が正しい方向じゃない・自分だって人中に生きることに憧れているのかもってことはわかっていたはず。それをいろいろ理由をつけて動けないことにしていただけなんだ。
杉浦くんのおかげだよ
杉浦くんは本当にいい奴で、ヒカリだからとつまはじきにしたりは決してしない人だった。ヒカリの初仕事の相手でもあり、ヒカリのおかげで彼は人殺しをせずに済んだ。それ以降、彼はヒカリと行動を共にすることが多くなるが、
ピカソのことを大事にしたいと思うんだ
ってかわいい奴か!杉浦くんがいなかったら、ヒカリは「友だち」ってどんなものか理解できなかったと思う。いつもそばにいてくれて、何かあったら心配したり、どうにかしようと動いてくれたり、そんな存在を知ってしまったんだ。友だちってあったかくて、頼りになるものなんだよ。
実は杉浦くんも、人当たりがよく人気ではあったけれど、本当のところで分かり合える友だち・一歩踏み込んできてくれる相手はいなかったらしい。父親が自分の夢を叶えてくれないって悲しみを誰にも言えないで悶々として、ついには絶望に変わって人を殺して父親を困らせたいみたいな…おかしい方向に進む。なんで人を殺すことが父親を困らせることとリンクしてしまったのやら、そんな風に、一人で考えていると方向や立ち位置を間違うことが大いにあるのだ。ヒカリと千晶はそこに立ち止まるきっかけをくれただけ。
最後はお別れしなくちゃならない
千晶がこの世界に戻ってこれたのは、ヒカリをどうにか救いたかったから。人助けし続けないと体腐って死ぬよ?そんなところから始まったヒカリの人助けの旅。そうやっているうちに、ヒカリは一人ではなくなっていて、杉浦くんや、妖精さんになった千晶、そして茜やその他の面々とそばが当たり前になっていた。知ってしまったら、もう手放せないよね~…
もう腐って死ぬしかない。諦めていたときに、助けてくれたのは自分が今まで助けてきた友だち。人づきあいにおいて、一度離れてしまったらもう元には戻らないと思っていたヒカリ。でも実際には、多少傷がつこうが離れようがないものこそ、真に大切な関係性だ。人とのつながりは、そんなにもろいものじゃない。
ずっとヒカリを支えてくれた千晶とのお別れ。この時がくると分かっていたけれど、千晶がいたから、ヒカリはこんなふうに変わることができたんだよ。千晶がいなかったら、本当に何もできずに死ぬだけだった。これからもいてほしいのに、君はもうこの世にはいないから、僕はこれから1人でもがんばって生きていくから…。千晶からすれば、母親心的な気持ちもあったのかもしれない。心理学を学びながら、いい実験材料だと思っていたのかもしれない。それでも間違いなく、ヒカリは生かされているということを忘れずに、がんばっていってくれることだろう。
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