特殊な家族愛・恋愛模様に心動かされるコメディー作品
ケンジのヤスコへの愛から受け取れる数々のメッセージ
この物語の主軸の一つとなっているのは、ケンジがヤスコに注いでいる惜しみない愛情です。愛情を注ぐあまり、ある点に関してはヤスコに対して大変厳しいのです。まず、勉強に関してはどこの親よりも厳しいと言っても過言ではありません。世の中には"教育ママ"と呼ばれるような、子供にしっかり勉強させる親が多くいますが、ケンジはそうした親御さんとは全く違った見方で勉強を捉えているように感じられます。なぜなら、元暴走族の総長だからです。これまでしっかり勉強をしてきたわけではなく、むしろ学はないと言えます。そして、妹を養っていくために必死で働かなければいけない状況になれば、大変苦労の多い人生となるのは必至です。ケンジの場合は、漫画家として名を馳せることができたから良かったものの、若い頃にしっかり勉強していれば、様々な職業に就くことができたはずなのです。つまり、選択肢が広がり、苦労する可能性は大変小さくなっていたと言えます。ヤスコのように、まだ学生で人生はこれからという人にとっては、勉強することで色々な仕事をするためのチャンスが待っているかもしれません。無限の可能性が広がっているわけです。せっかくいくらでも勉強することができる学生時代だからこそ、遊びもいいけれど学業をしっかりやってほしいと思うのは無理もないことです。「勉強しろ」という言葉を、特殊な境遇で生きてきたケンジが放つことでかなり説得力が生まれていると言えます。彼とは逆に良い学校に通って恵まれた環境にいるような人は、どれだけでも勉強することのできる今の環境の本当のありがたみが分からない場合が多く、どうして勉強しなきゃいけないんだと思ってしまうことさえあります。そのような学生にとっても強いメッセージを投げかけてくれることでしょう。そして、もう一つケンジがヤスコに対して厳しく当たるのは恋愛についてです。ヤスコが恋愛することに大反対したり、ヤスコの好きになった人に対してきつく接したりする場面が多く見られます。これはやはり、妹への愛が強いからこそだと思います。できることならずっと妹と一緒に暮らしたいと願っているのではないかと読み取れます。さらに、ケンジは元暴走族の総長だったわけですから、妹がどんな怖い人に襲われようとも守ることができます。それならば、椿くんのような普通の高校生がヤスコを支えていくと言ったとしてもまるで説得力が感じられないのも頷けます。ただ、この作品の設定が極端であるとはいえ、親は娘に対して似たような感情を抱くことも多いのではないでしょうか。高校生ともなれば、恋をする人も多くなります。しかし、付き合う相手が生涯の伴侶の候補となるかもしれないと考えると、本当にこの人で大丈夫なのかな、と不安になるのは全く不思議なことではないと思います。可愛い娘だからこそ、本当に守り支えてくれるような人と巡り合ってほしいという気持ちが伝わってきます。このようにして、登場するのは兄と妹であるとはいえ、作品の中で親が子を思うのと同じ気持ちが数多く描写されているような印象を受けます。しかも、特殊な登場人物の設定によって、親が本当に我が子に伝えたいことは何なのか、できる限り鮮明に表現しているのがこの作品の大きな魅力と言えるでしょう。
ケンジとエリカ、純とヤスコそれぞれの恋愛模様が面白おかしく描かれている
家族愛に並んでこの作品の主軸となっているのが、ケンジとエリカ、純とヤスコそれぞれの恋愛模様です。一方は元暴走族の団員同士の恋、もう一方はごく普通の高校生同士の恋愛です。"恋愛"と一口に言っても、色々な形があります。この物語では、全く違う形の恋愛が見事に描き分けられています。まず、暴走族に入っていた人ともなれば、大変心が繊細な人が多いことでしょう。幼少期は周りの人と同様、純粋に楽しい毎日を送りたいと思っていたはずです。しかし、成長するにつれて周りに馴染めなかったり、自分に自信をなくしたりすることをきっかけに、道を踏み外してしまうのでしょう。置かれている境遇に耐えられないメンタルの弱さは、恋愛でも露呈するはずです。愛する人に気持ちを伝えなければならない大切な時、胸が締め付けられる状況に耐え切れないというもどかしさが大変上手く描かれています。実際、エリカはケンジに対していつも素直になれず、ブチギレてしまいます。さりげない優しさを見せることでしか気持ちを表現できず、一歩一歩ゆっくりと恋愛感情を深めていく様が描かれることで、話が進めば進むほどストーリーに引き込まれていく仕組みになっています。そして、そのブチギレるシーンではコミカルな効果音や映像演出を用いることで、本当に起こったとしたらシリアスな状況になるはずのものも笑い飛ばせるような作りになっているのが魅力ですね。一方で、高校生同士の恋愛は、観ている方にも甘酸っぱさが伝わってきます。よくある学園ドラマの場合は、学生同士の恋愛関係に専ら重きが置かれますが、この作品では全く毛色の異なる恋仲と対照的に描かれていることで、より一層その甘酸っぱさが引き立っていて、常に微笑ましさを感じながら観ることができるのです。
漫画家という職業がどのようなものか垣間見ることができる
主人公であるケンジは「桜葉れいか」というペンネームで漫画家をやっているという設定であるため、ケンジが助手の2人と一緒に漫画を描いている場面が頻繁に出てきます。才能がある漫画家は、もちろん絵が上手いですし、名言と言えるようなセリフも随所に入れてくるのです。しかし、時にはスランプに陥ることもあれば、家庭などで良くないことがあったがために気分が落ち込み、なかなかペンを走らせることができない場合もあります。そしてそのような苦難が重なって徹夜が続き、生活習慣が乱れてしまう場合もあります。この作品では、こうした漫画家のリアルな日常にも焦点を当てられています。漫画家は普段どのような日々を送っているのか想像する助けとなることでしょう。そして、作品の中ではケンジの漫画の編集者も度々登場します。編集者は時に強烈なダメ出しをしますし、時に優しく励ましの言葉をかけます。担当の漫画家がどのような作品を描いてこようとも、しっかり精査してアドバイスをしなければならないですから、編集者の仕事も相当大変なものだということがわかることでしょう。そして、この作品の面白さとして、元暴走族が女性になりすまして少女漫画を描いているという設定のいびつさがあります。いくら繊細な心を持っているからと言って、暴走族の総長を務めていたような男性が、乙女心を理解できているようには思えません。一見その設定には無理があるような印象を受けるに違いありません。でも、物語が進めば進むほど、ケンジは本当に優しく、今すぐにでも割れそうなガラスのハートの持ち主ということが判明してきます。彼の心は、どんな女性よりも乙女チックなのではないか、と感じても何ら不思議ではありません。実際の漫画家にも、普通の人とは言えないような人が数多くいます。この主人公の強烈なキャラクターがあってこそ、本当の意味で漫画家という職業をリアルに描くことに成功していると解釈できます。実在の漫画家を描いた「ゲゲゲの鬼太郎」というドラマがかつて話題になりました。その主人公である水木しげるさんも大変個性的な漫画家で、生き様も普通の人とは一味違うからこそ現実味を帯びてきますが、フィクションでありながらここまで本当にあった話であるかのように描きあげているところに、感銘を受けずにはいられません。
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