平凡な文体に潜む抜群の表現力、恩田陸「私の家では何も起こらない」感想 - 私の家では何も起こらないの感想

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私の家では何も起こらない

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平凡な文体に潜む抜群の表現力、恩田陸「私の家では何も起こらない」感想

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文章力
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キャラクター
3.0
設定
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演出
5.0

目次

抜群の表現力で綴られる、恩田陸至高のホラー連作短編集。

『この家、あたししかいないのに、人がいっぱいいるような気がする。』(あらすじより引用)

恩田陸といえば、抜群の表現力で小説界に名を馳せるミステリ・ファンタジー作家である。今年2017年には「蜂蜜と遠雷」で第156回直木三十五賞、第14回本屋大賞のW受賞を遂げる等現在も高い評価を受けている。私も高校時代に図書館で恩田陸の作品に出会い、瞬く間に魅了されてしまった。恩田陸の他に類を見ない素晴らしい表現力、独特な世界観に。

ここで紹介させて頂く「私の家では何も起こらない」も彼女の抜群の表現力があますところなく発揮されており、比較的薄い本ながらも大変濃密で素晴らしいひとときを過ごせる一冊だと保証したい。

幽霊屋敷に刻まれた不穏、血の香りに魅了される人々。

この物語は、幽霊屋敷の主人であり、作家である「私」と謎の人物「彼」との会話シーンから始まる。終始深刻な面持ちで問いを投げ続ける「彼」にどこかうわの空な「私」。「私」は淡々と、幽霊屋敷の主人になった経緯、理由を説明して行くが、「彼」の欲しい答えとはどうも外れているらしく、次第に不快を露にしてゆく。「私」は「彼」との会話を退屈に思いながら、屋敷の隅々にまで思いを巡らせる。ミモザのテーブルクロス、小さなキッチン、二階の小さな破風、小さなポーチ、床下に仕舞ってあるジャムやピクルスの瓶ーー全てが可愛らしく、愛しさを抱いているのに。目の前の「彼」は的外れな問いばかり。

読み進めるにつれ、読者は少しずつこの女主人の異常さに気が付き始めると同時に、独特な世界観に飲まれて行く。物語の中の「彼」らもその異常さに魅了され、幽霊屋敷を訪れ、血の香りに殺されてゆくのだろうか。

小奇麗で、整った、完成された世界観。

序章の語り部である「私」の視点は、非常に童話的だ。退屈な「彼」の話から逃れるように視点をひとつの場所に留まらせず、次々に部屋の様子を繰り出してゆき、小さいころに見た風景をそのまま切り取ったかのような屋敷の思い入れがスッと伝わってくる。

恩田陸の文体は非常に丁寧で、小奇麗で整っている。悪く言えば取り立てて言うことの無い平凡な文体だが彼女の一番の魅力である表現力はその平凡な文体であるからこそ輝く。ミステリでは回りくどさを一切感じさせず物語を運び、クライマックスでの演出を一切損ねない。本書では血生臭くおぞましい場面でさえも整理整頓された綺麗な文章で納められており、その異様さを一層際立たせる結果となっている。本書の題材はありがちな物だが、その「ありがち」を物ともしない表現力が最大限に生かされる土台、それが恩田陸の文章である。彼女の平凡だが洗練された文章は非常に読みやすく人を選ばない。それこそが恩田陸の他に類を見ない世界観を生み出し、異様なリアリティを生んでいるのだ。

本書は恩田陸の世界観にあますことなく浸れる一冊だったが、エピローグだけは不満を覚えてしまった。あそこまで現実味を、身近さを溢れさせた連作の最後が「以上が、Oの書いた小説の全文である」だなんて、明晰夢を楽しんでいる所を無粋な目覚まし時計に引っ張りあげられた気分だ。屋敷の主人である「私」と屋敷に刻まれた「わたしたち」を「小説である」の一文で片付けさせてしまうなんて、それはあんまりではないか。

その無粋さに彼女の編集者は気がつかなかったのだろうか、それともその無粋さを魅力としたのだろうか。わかるあてもないが、本当は星満点としたいところをひとつ削った理由である。

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