「め組の大悟」今求めらる消防士とは
リアルの描かれる災害
私たちはどこか、災害は自分には関係ないことだと思っている。
しかしこの作品を読んでいると、災害とは他人事ではないと思い知らされることになる。この作品はフィクションだが、火事や災害のシーンの迫力ある絵、緊迫した台詞の言い回しから非常にリアルに現場の様子を感じることができる。千国市は災害がとても多い街だ。消防士の平均出動回数を知らないが、それにしても病院やデパート、商店街という人の集まるところの火事だけでなく、山火事、川の氾濫という自然災害までも起きてしまう非常に危険な街として描かれている。千国市で働く消防士はとても大変だし、住んでいる人も安心して暮らしていられないに違いない。
しかし千石市のように開発の進む街は日本中にあるし、注意して見ると街の様子は日々変わり続けている。この話は漫画の話だと傍観するのではなく、いつ自分に起きてもおかしくないことだと捉えることでよりリアルに感情移入できるのである。
信条を貫いた大悟
大悟は最初から最後まで救助者を第一に考える心情を貫いた。
大悟はどちらかといえば余り格好いいタイプの男とは言い難く、多々みっともない姿をさらしている。劇的な救出劇を繰り広げたかと思ったらガクガクブルブルと震えだし、鼻水まで流して大泣きし、時にはよだれまで垂らす。もう二度とやるものか、辞めてやると救助したことを後悔したのもつかの間、火事となったら真っ先に飛び込んでしまい、またへたり込んで青ざめてしまう。こんな大悟を見ると消防士という職業は向いていないんじゃないか、とさえ思ってしまう。大悟は周りの支えが無かったら、消防士という仕事を続けていくことはできなかっただろう。
決して精神的に強いとは言えない大悟だが、人命救助という事に関しては絶対に自分のやり方を譲らなかった。大悟の信条は人命第一である。そのためには消防士(自分)の命が危険にさらされようと、周りに迷惑をかけても関係ない。五味が注意しても、最後にカミカゼと言われる救助活動をしていることから、大悟がその方針を変えていないことがよく分かる。
彼の素晴らしいと思うところは、自分のやり方を人に押し付けなかった点である。自分が正しいと思いながら、周りが同じようにできないことも知っていた。その中で彼は消防士失格とも受け取られる行動を率先してやった。時には自分が危険を求めているのかと悩み、時には災害が無くなったら自分の存在意義がなくなるのではと思いながらも、災害に立ち向かう大悟の心は孤独だったに違いない。そんな大悟だからこそ、周りも自然と大悟のやり方賛同し(大っぴらにではないにしろ)、応援するようになったのだ。
しかし大悟は恐らく、誰が賛成していようと反対していようと関係なく自分の考えを変えない。大悟の目には救助者しか映っていなかったからである。
周囲の大悟への反応
大悟の周囲の人たちは、振り回され引きずられていく。
大悟は普段特に目立ってできる消防士には見えないどころか、ドジばかり踏むので周りは大悟の武勇伝を聞いただけで信じろ、というのは無理な話だ。大悟は消防士になって1年目で、普通にしていればぼーっとしている青年なのである。しかしスイッチが入った大悟を見たら、嫌でも大悟の才能を認めなければならない。
ルールを真面目に守って、チームワークを重んじ、上からの指示にも忠実に動くのが当たり前と思ってやって来た人たちからすれば、大悟のやり方は到底考えられないし、怒りや嫉妬にも似た感情を感じる者もいただろう。
大悟の尻拭いは五味やめ組も人たちが逐一やっていたが、もし大失敗していたら消防士という職に関わる人全員に影響が出ることだ。大悟は自分のやろうとすることがどれだけの人に影響をもたらすのかという考えが全くないのは、社会人として少し幼稚かなと思う。この作品では消防士全員があたかも大悟のやり方に賛成していて(最初は認めていないながらも)引きずられていく格好だが、最後は失敗したら誰が責任を取るのかがよく分からない形で終わっている。皆気持ちは一緒だと言いながらできなかったのには理由があるのに、それが何故なのか描かれておらず大悟のみが(方法は滅茶苦茶だが)勇気があり、人命を第一に飛び込める人間であるかのように終わっていたのは気になった。
できれば甘粕、神田や関わった消防士だけでなく、その他大勢の消防士の反応が描かれていると尚良かったと思う。
悲しい神田
神田の存在について、語りたい。
神田はどんな立ち位置で描かれているのか、もし大悟のライバルとしての存在だとしたらあまりにも悲しい存在で終わっているのでここでそれについて伝えなければならない。神田が初めて大悟のことを知った時は、面白いやつくらいにしか思っていなかった。見下していたふしもある。それが救急の峠越えの話を聞いて密かに自分もやってみると、大悟のタイムに遠く及ばない。勝手に勝負を挑んで密かに負けているのである。
神田が3回目でやっと受かったレスキュー試験に大悟はたった1回でパスしてしまった。ここでまた神田は密かに負ける。神田がレスキューのヒーロー的扱いで登場してくるのに、大悟には全く歯が立たず、神田の凄さが全く伝わってこないのである。そればかりか、大好きな五味が気にかけているのはいつも大悟で、その五味を助けることができたのは神田ではなく大悟だった。これは大変に悔しいく、ブルブルと震え殴ってしまいそうになるのも当たり前である。レスキューのエースとして周りから尊敬のまなざしで見られていた神田だが、大悟には最初から最後まで負け続け、ライバルにさえなれないという悲しい存在のまま終わる。
しかし何故かラストでは大悟と一緒にレスキューしているのである。もの凄く不思議な男である。
求められる消防士とは
この作品は今求められる消防士がテーマになっている。
災害に際し、消防士は何を最優先にさせるべきなのか。救助される側は何においても最優先にしてほしいのは助けられる側の命で、もし規則やルールで縛られているが故に落とされる命があったとしたら、それは許されないことだと感じるだろう。ここで何故ルールが必要なのかということになるが、この作品ではその必要性は十分に描かれていないのでよく分からない。神田が現場で突入の許可がなかなか下りず、ジリジリしている場面があるが何故許可が必要なのか、何故許可が下りるのに時間がかかるのかということが描かれていない。またしくみも分からないため、ただ現場は命令が無いと何もできないのだと想像するしかなかった。作者は、災害を前にして規則は邪魔な存在で、常識にとらわれていては人を助けることはできないということを表現したかったようだ。
大悟の自分の命を省みない運任せの救助方法は、いつまで成功し続けるのだろう。ルールは確かに現場で死にそうな人間を目の前にしている消防士や家族にとっては邪魔な存在かもしれない。しかし消防士の命を守るために必要なものでもあるはずだ。
この作品で大悟がヒーローで居続けられるのは、大悟が生きて帰ってきていることが大前提である。作者は何も消防士は死んでもいい、救助者だけを助ければいいと思っているわけではない。その為にルールも必要でもある。しかし危険を冒してでも、「時には」ルールを破ってでも助けに来てくれる、それこそが救助者にとってのヒーローであり、求められる消防士であると作者は言いたいと考える。
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