「甲子園の空に笑え！」注：これは野球漫画ではありません。 - 甲子園の空に笑え！の感想

この作品は甲子園と題名があるので野球漫画と思って読むと、一般的な野球漫画とはかけ離れていますので注意が必要です。既に川原作品のファンの方は大方予想はついていると思いますが、これはコメディです。勿論メルヘン要素も入っています。

しかしただコメディ、メルヘンといってもその裏に隠されている世界観があると私は思います。

今回はその点も含めて感想を書いていこうと思います。

この漫画は野球漫画ではありません

この作品は、題名通り野球を題材にしたストーリーですが、野球漫画として読んではいけません。あくまでスポーツコメディ・メルヘンです。野球用語も出てきますし、甲子園にも行きますが、こんな話は到底ありえなく、野球漫画として真面目に読んでいては突っ込みどころが多すぎて疲れるだけです。

この作品で言いたいことは、野球の素晴らしさやその戦いで繰り広げられる激闘、スポ根の類ではありません。

作品中、星の装飾が多用されていて、ひょっとして野球漫画から巨人の星をイメージしたのかなと思ったのですが、深読みしすぎました。恐らくメルヘン要素が高く、少女漫画らしくするために使用されたのだと推測します。

初期の作品なので、絵も作者独特の素朴さに輪がかかっています。４つ子を登場させたのは、特にエピソードも無かったことから、野球部員9人の顔を書き分けるのが面倒だったんだろうなーと作者の面倒くさがりな性分を想像してしまいました。

よくそんな力量で野球というスポーツを選んだなとファンである私でも呆れてしまいますが、これは田舎の地味な生徒が、甲子園という晴れやかな舞台で夢と見たというメルヘンの世界を描いたものなので、細かいところはスルーするのが正しい読み方です。

自分とその仲間たちだけにしか優しくない世界

作者のマイノリティーを極端に愛する傾向は、他の作品からも顕著に見て取れます。川原泉のほのぼのとしたストーリーは、のんびりとしていて読む人をなごませてくれますが、それは豆の木学園の世界において優しい世界になっているだけであって、他の角度から見れば相当に厳しい世界になっているはずです。

突然のシード制度撤廃、強豪校つぶし合い、運だけで甲子園の決勝。勝った豆の木はアラベスク踊っているだけでいいかもしれませんが、負けたチームにはたまったものではないです。豆の木ナインもおっとりした顔をしながら、余り練習していない、相手チームの研究無しの自分たちが勝ってしまっても罪悪感も感じず、負けたチームへの憐憫の情もゼロです。

自分たちはマイノリティーで、普段虐げられているのだから、たまにはいいことがあったっていいじゃない、運が向いてくれたっていいじゃないという思考の元、それによって泣く人がいても全くかまわないという図々しさがあります。

一見ほんわかして綺麗な世界に見えますが、ちらっと欲の塊のようなものが見え隠れしています。

普段陰になっている人にスポットライトを当てる作品

この作品は豆の木ナインが甲子園に行くことで、普段陰に隠れている人も頑張っているのだということを伝えたかったのだと思います。

ぼ～っとしていたり能天気だったり、春めいていたり、川原作品にはこのタイプが必ず登場します。豆の木ナインも、いつか戦うであろう北斗の選手にうっとりしてしまうようなのんびりした性格。そこには北斗の選手への妬みや、強豪校を蹴落としてやろうといった汚い精神はみじんもなく、ただ尊敬する純真な心があるだけです。

農家の子供で田植えを手伝い、望むことも本当にささやかなことだけ。口数は少ないけれど真面目にコツコツと、地道に頑張ることが取り柄の豆の木ナイン。そういうタイプの人たちは、いつも華やかで前に出る人たちの陰に隠れてしまいます。広岡が優勝はどうでもいいと言ったのは、豆の木ナインが甲子園という晴れやかな舞台で戦えた、それだけでもう十分だったということです。

マイクロバスに乗って学校に帰ったら、また地道に農家の仕事と野球との毎日が想像されますが、一時の夢を見られただけで、豆の木ナインはもう十分に満足したことでしょう。