天使の魅力 - 天使の柩の感想

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天使の柩

4.504.50
文章力
4.50
ストーリー
4.30
キャラクター
4.60
設定
4.50
演出
4.50
感想数
1
読んだ人
1

天使の魅力

4.54.5
文章力
4.5
ストーリー
4.3
キャラクター
4.6
設定
4.5
演出
4.5

目次

美しい描写

村山由佳の魅力の1つとして、なんとも美しい自然風景の描写がある。天使の柩では満開の桜の季節から始まる。たとえ桜の季節ではない夏や冬に読んだとしても、パッと桜の風景が思い浮かぶのではないだろうか。登場人物の暗く殺伐としたとしたエピソードとは裏腹に、季節だけは儚くも美しく流れていく。それになぜだか心地良い違和感がある。桜が示すのは季節だけではない。過去に失った女性を重ね合わせるものでもある。村山由佳が描く天使シリーズの完結作として、ひとつの情景から様々なものが連想され、物語の幅を広げていく。ひとつひとつの描写には全て意味があるのだと感じさせてくれ、それがさらに感動を誘うのである。さらに美しい描写は自然ばかりではない。人物の姿や表情や仕草などの全てが、リアルに伝わってくる描写が多い。春妃の美しい佇まいが特に印象的である。そのような描写が小説を輝かせるエッセンスとなり、魅力的な作品に仕上げているのだ。

それぞれの闇を抱えた登場人物

この作品は、「天使の卵」、「天使の梯子」の続編である。歩太を中心に進むストーリーは、読者をどこまで切ない気持ちにさせるのだろうか。正直に言って、設定がかなりえげつない。この「天使の柩」という作品を通して一本槍歩太が天羽茉莉という少女に出会う。茉莉は中学生にして大きな闇を抱えている。村山由佳はどうしてこんなにも哀しい登場人物を作り上げてしまうのだろうという気持ちになる。でもそれは物語の中で必ず救われていく。茉莉の場合は歩太との出会いが人生を変える。母に捨てられ、祖母にいびられ、荒れた父に閉じ込められるなどネグレクトを受ける茉莉。体だけが目的のタクヤを心の拠り所にするしかない日々。桜の下で出会った、第一印象が死体のようだった歩太の家に通うようになり、少しずつ心を開いて自分の居場所を見つけていく。歩太が過去に亡くした恋人であり夏姫の姉である春妃に茉莉を重ね合せるシーンが印象的である。春妃は「天使の卵」に登場する。春妃が亡くなったときには妊娠しており、「天使の柩」はその14年後のストーリー。「もし、あのとき生まれていたらー今頃はきみ(茉莉)の一つ下だった」というセリフも心に残る。歩太は茉莉を春妃と重ね合わせながらも、親のような気持ちとで見ていたのだろうか。長い月日が流れても春妃のことを忘れられない歩太の思いが非常に切ない。恋人だった歩太の心を姉に奪われた夏姫の悲しみも、途轍もなく深かったに違いない。しかしこの天使シリーズの最終作で、茉莉という少女の存在により歩太は再び人物画を描けるようになり、それを知った夏姫の心も救われたのである。歩太の母にしても、関係する人物間での愛情の深さが伺える。登場人物皆が最善の形で報われるわけではないけれど、一筋の光を差してくれるようなそんな物語である。村山作品には必ずしもハッピーエンドではない。とはいえ絶望から歩き出すことができたところで終わるものが多く、その後の人生は読者の想像にお任せされている部分もあるのだろう。完全に小説を終わらせないというのも、良い物語のあり方ではないだろうか。

単なる恋愛小説では終わらない

「天使の卵」、「天使の梯子」の2作品は、恋愛要素が強かったのに対し、この「天使の梯子」という作品は単なる恋愛小説ではない。恋愛よりもさらに深い、家族愛を感じる作品なのである。最終的に茉莉は、歩太の母とその再婚相手の養子として受け入れられるわけだが、そこには言葉では語りつくせないほどの深い愛がある。まず普通の人では、出会って1年にも満たない少女を養子にしようなどという発想自体が出てこない。愛情の深さは一緒にいた時間の長さだけではなく、相手の本質を見抜く力だとか、フィーリングのようなものもきっと大事になってくるのだろう。その証拠にいつまでたっても好きになれない人も実際にいる。正直、茉莉と歩太の恋愛ストーリーを期待させる部分もあったのだが、それは小説の中では語られることなく、歩太の母の「そうしておいたほうが、いつかもしもの時にね」という言葉で含みをもたせる形となった。少し残念に思う読者もいたかもしれないが、茉莉はまだ15歳の少女なのだ。タクヤと性行為を繰り返すシーンもあるが、タクヤはかつての茉莉にとっての唯一の居場所であり、不安定な心をなんとか保つために必要なことだったのだ。読んでいく中で、茉莉には歩太に対する恋愛感情が確実に存在していたが、歩太の気持ちとしてはどうだったのだろうか。そんなことをついつい考えてしまう。私も歩太のような男性に出会いたい、とも思う。それくらい村山由佳の描く人物像は魅力的なのだ。他の作品においても同様である。決してルックスが素晴らしいわけでも、育ちが良くお金持ちなわけでもないが、人間味に溢れ、どこか愛おしくなってしまう人ばかりなのである。これからもそんな人物をたくさん産み出していってほしいと思う。

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