異色のアメコミ映画
まずはドクターマンハッタン
この映画が他のアメコミ映画と違って異色であることの理由の一つとして、ドクターマンハッタンの存在が一番に挙げられる。アメコミというのはほとんど全てと言っても過言ではないほど展開が同じで、まず超人的な能力を持った主人公が現れる。もしくは何かの拍子にさえない主人公が超人的な能力を手にする。そしてそれに対抗するように同じレベルの能力を持った適役が現れて、彼らと対決することになる。なんとか敵を倒してハッピーエンド。そういった展開以外にない。しかし「ウォッチメン」では後半が違うのだ。
まず初めに超人的な能力を持った主人公たちが出てくることは他のアメコミと同じだ。厳密に言うとここでも少し違って、ヒーローが超人的な能力を持っているということに関して、それをスクリーンの向こうにアピールするような演出がない。まあ超人的なヒーローが出てくるのは当たり前だよね、といったくらいにしか描写されない。ただそこで出てくるヒーローが強すぎるのだ。ドクターマンハッタンが。
彼は、いわゆるヒーローの超人的な能力として想像できるものは全て備わっている。物理攻撃を完全に無効化するような透過能力、分身能力。どれだけ攻撃を受けたとしても関係ないという修復能力。それも分子レベルで宇宙中のどこからでも何度でも再生できる。さらに攻撃能力も申し分なく、手を下さずとも見たものや遠くのものを分解できる超能力、核爆弾レベルの攻撃を持っている。さらに極め付けが時空を超えた予知能力だ。今後何が起こるかということを全て”視る”ことができる。もう正直やりすぎている。中学生が考えたのかよ、というレベルの能力を備えたヒーローがすでに味方にいるのだ。ちなみにそんな能力をどうやって身に着けたのかというと、ただ科学実験中に事故に合ってしまう、という簡単な原因なのだ。アメコミらしい。ただそれが話を面白くしている。
そんなヒーローでも一筋縄ではいかない、というストーリーがまた面白いのだ。
適役もヒーロー
ではこの映画の敵役は誰かというと、敵もまたヒーローなのだ。しかもただの裏切りという事ではなくて、彼もまた正義だ。正義と正義がぶつかり合う戦いというのはそれほど珍しい話でもないのだが、アメコミにしてはあまりないストーリーで楽しめる。
その敵役ヒーローであるオシマンディアスは、人知を超えたIQをもつキャラクターとしてドクターマンハッタンの前に立ちはだかるのだが、それでもドクターマンハッタンとIQはさほど変わらない。さらに言うと、IQが高いというキャラクターながらその格闘能力も申し分なく、他のウォッチメンのメンバーとの闘いなら全く引けを取らないくらいの戦力がある。この時点でキャラクターバランスの悪さが際立っているのだが、それこそがこの映画の醍醐味だ。ただの純粋な強さや正義感だけでは現実はうまくいかない。それぞれの意志が交錯してちょうどいい戦いになるのだ。
この映画を見ていると日本のドラマであった「SP」が思い出された。もちろん作品として似ているなどと言うつもりはないが、見ている人たちに正義感とは一体何かということを考えさせる点では同じだ。政治や世の中の平等について関与する人間たちには少なからず左翼派と右翼派に分類される。一般的にもどちらが正しいという概念はない。しかし左翼派の人間はいつも革新を望んでいるため、どうしても暴力的な手段を用いる必要があるというような結論に至ることが多い。そして右翼派は悪く言えば保守的であり、目先の平和を何よりも大事にするため、これらの革新を嫌がる。言い方次第ではこの映画もオジマンディアスという誰よりも平和と平等を求める天才が引き起こしたある種の革命を、結果的に何も変えることが出来ないが目の前の平和だけは守れるダニエルたちが止めるという構図になっている。そう考えるとどちらも正しい気がするし、どちらの正義も詭弁な気がする。もちろんヒーロー映画としては”右翼派”を支持して描かれているが、それでも見ている側に結論を委ねるような終わり方をしているため、リアリティを追及する視聴者にとってはかえってすっきりする終わり方になっている。
暗い演出はザック・スナイダー
この映画の監督は「スリーハンドレッド」や「マンオブスティール」などを手掛けるザック・スナイダーで、暗く退廃した街や鬱屈した社会状況を描写するのを得意としている。そういう意味ではこの映画には適任で、ヒーローが社会的に容認されなくなった世の中という設定をうまく演出している。ストーリーがストーリーなだけに、正義感あふれる主人公を強調しすぎても退屈でありふれた映画になると思うし、政治的な側面や正義と正義のぶつかり合いという思いテーマを描くにはちょうど良かったと思う。
しかしリアリティや重さを演出する為にオリジナルのサウンドトラックを作るのではなくボブディランなどの曲をそのまま使った点についてはあまり趣味が良くないと個人的には思う。演出としては効果が高いしインパクトもあるけれど、それはある種の”外法”だと思うし、人によっては冷める人もいると思う。
総合的には、DCにしかできないアメコミの描き方が存分に発揮されていて、近年のマンネリ化してきた他のアメコミ映画を見るよりは、よっぽど面白い作品に仕上がっていた。
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