魔王討伐の勇者一行ってつまり暗殺部隊だよね?
リアル?ファンタジー
本作の見所はやはりリアルファンタジーであろう。と、言うとやや語弊があるかも知れないが、一般に「リアル」と「ファンタジー」は反対語のような扱いをされている。このリアルなファンタジーという言葉がまかり通るとすれば、世界的な人気を博したハリーポッターや指輪物語という「描かれ方がリアル」なファンタージーではなかろうか。現実にありそうなほど、精巧に作られた世界という意味を持っているからだ。
しかし本作はそういった細かな「絵作り」がリアルなのではなく、日本人に親しまれるライトファンタジーにおける「小学生でもツッコミたくなるような設定」について、ゲームやライトファンタジーという世界を前提としたメタ的な意味でのリアル感を加えている。また作者はドラクエがやりたかったと巻末にも書いており、「なんでその辺の兵士より弱いやつをヒノキの棒で旅立たせるんだよ!」という部分をリアルに表現したらどんな風になるかなぁと妄想し、それを上手くストーリーに乗せているようだ。設定・うんちくばかりの作品とは違い、きちんとお話ありきで一コマも無駄なく設計されているようで繰り返し読み返しても耐えうるような、耐久力のあるマンガといえるのではないだろうか。
国家と種族
本作品には様々な種族が登場する。人間側にはあまりスポットは当たっていないようであるが、魔族側には獣のような姿で二足歩行する狼男のような姿のものや、耳と尻尾だけ獣というもの、雪女や、角の生えた種族などが出てくる。どうやら各種族ごとにまとまった国家なり部族を形成しているようである。魔界は主人公の傍らにいる魔王の後釜として、一応は魔王が君臨し統率しているが勇者の傀儡である魔族の族長たちは知っている様子である。
本作の特徴としては魔族と人間がそれぞれに一枚岩ではないということ。種族間での争いや戦争があり、三眼族のエピソードなどは魔族同士の戦争や、難民などの現世にも通用する事象として描かれている。また多少種族間での派閥はあるようであるが、例えば現世に於ける黒人やアジア人といった人種間での猛烈な人種差別はこの作品では描かれておらず、かと言って奴隷という制度が無いわけでもない。と、いった微妙に手付かずの社会問題もあったりする。先述した三眼族と嘘つき鬼との国家侵略の話しなどはメインのエピソードとして挿入されており、残虐描写はあるものの、結構軽いノリで描かれサクッと集結へと向かっていることから、同作者による魔法少女モノの作品とはテーマを描き分けているようにも感じられる。
なお国家政治という話しになると、どうしても時事問題などが反映されることがある。本作品においても、「嘘つき鬼って……。ああ、あの国がモデルか」と分かるような描写があるが、勿論その点については一切触れられておらず、触れるべきでもないと思われる。歴史において参考にさせてもらった。という程度で書いており、読み手もそれをわかった上で読むべきだろうと思われる。ある種の思想を持つ読者は、この作品をみて少々溜飲が下がるという妄想に浸ってもよいのかもしれない。
展開が読めない作品である
本作品はキャラクターたちが個性的で、それなりのバックグラウンドを持っているため、人と人との絡み方によって複雑なように見える。しかしながら、目が離せない、続きが気になって新刊が待ち遠しい気持ちになるのはなぜだろうかと考えてみる。
一つは先にも散々例として上げた「情報量の多さ」があるだろう。ファンタージー作品に慣れ親しんだ我々のような読者にも新しい視点を与え、またその世界に入りこませる作りになっている。
ただ、それとは別に、話そのものの展開が面白くなければ読者はついてこない。本作のずるいところは、少々メタ表現とも取れるような、「悪い予感」を重要視する点である。要する読者から見た際の「~~フラグ」というやつのことである。しかし、ラスボスたる勇者は、「プロの職業軍人が出すような100%勝てる案が一番ダメだ。確実に变化して今以上の化け物になるぞ」「戦うごとに新しい力に目覚め平気な顔で奇跡を起こす。この世にはそういう奴が実在する」と、かつての自分を重ねて、一ミリの油断もすること無く慎重に事をすすめるのである。この世界にテンプレ展開は無い。そう言わんとしているようだ。
作品のエロ
作者であるKAKERU氏はかつて「バー・ぴぃちぴっと」というペンネームで成年向けのマンガも書いていたことがある。また掲載誌においても、ある程度の性的描写が可能であるため、そういったシーンはかなりの頻度で出る。普通に「ファンタジー世界程度の、法統制や治安を考えたら当たり前だよね。」というスタンスで描かれている。また、登場人物の年齢がはっきり表記されており、中には(人間ではなく魔族であるが)未成年者が結ばれるシーンもあったりする。重ねて記載するが、これはこの世界感では当然のことで、たとえば、かつての日本でも十代前半から婚姻があり、その性交が認められていた時期があったことからも、あくまで「時代背景・世界観として描かないことが不自然」という事なのではないだろうか。勿論、これは現代社会を生きる我々にとっては倫理的にも問題があるため不快感を感じる読者もいるのではないかと思う。が、公然と言うには憚れるもののエロが大っ嫌いだといい切れる人間もまた少なく、「これはこの物語における社会描写から仕方がない。けしからん。けしからん」といって読めば良いと思われる。
悪人の処遇
また本作には山賊が数回登場している。因みに平和な日本で暮らす我々には想像しにくいかもしれないが、現代においても世界には殺し・奪うという山賊・海賊行為は根絶されていない。ましてやこのファンタジー世界という世界は、警察機構や法整備・裁判が不十分で、人権思想などが未発達な世界をモチーフにしているのだから、山賊・海賊は捉えたらすぐ縛り首が常識。まさに悪人に人権はない。という容赦ない姿で描かれているのは当然のことといえるのではないだろうか。
またこれについては、作者自身が各話の間に入れているうんちくページでも触れられており、「山賊などが現代のチンピラや不良程度と考えてはいけない。」と記載している。彼らは男は殺すし女は犯す。学や教養とは無縁であり他人から略奪し、失敗したら死ぬだけという人生を送っている。と。そのリアルに於いて、半端な正義感や温情は、後に助けた山賊が自分以外の誰かを次の被害者にし、見逃したものが殺したのと変わらない。とまで書かれている。これは先の項で触れた性描写と同じく、人の生き死にが、重くはない世界として表現されている。これは現代のような更生設備(刑務所)などがない世界からも致し方のないことではないかと思われる。
物語の行方
単純化してしまえば、本作はそれほど複雑なストーリーではない。しかし所々に布石と呼べるような、なにげに読み飛ばしてしまいがちなシーンが含まれているので触れてみたい。まず勇者であるが、乱心とも取れる行動に出た理由を、「前提条件が変わったから」と言っているため、ここに違和感はない。この前提条件という言葉は、あえて掘り下げるほどのことではないが、環境が変わったから適応するという程度で考えれば良いと思う。勇者は自分と仲間を暗殺しようとした人間たちに復讐をし、それは一瞬の内に終わらせ「後の人生は消化試合」だと考えていた。その消化試合の中で、勇者は「天空の扉」の存在を知り、「そこに行けばなんでも叶う」という夢物語のような伝承を「目標」として活動を行っている。だが、目標に対する執着心や行動を思えば、それは暇つぶしとはいえず、勇者が変わってしまった前提を覆す、ある種の変革を起こそうとしているのではないか?と読み取れる。なお主人公を含めた仲間たちの目標は非常にシンプルで、主人公の姉や、勇者に洗脳された姉妹の奪還が目的であり、この勇者に復讐がてら「一発ぶん殴ってやる」くらいのノリで旅を続けている。
では、この物語のキーマンは誰かと考えた場合、あまり目立った行動や思想を表現しない「魔王」の存在が思い浮かぶ。
現時点で「魔王」には戦う力がない。パーティに於ける頭脳であり教育者という立場で行動を共にしているのだが、魔王だけが明確な行動目的を示していない。落ちぶれても魔王たる人物が、家臣の身内を奪還するために危険な旅に同行するだろうか。ギャグテイストの作風故に見過ごされているが、彼がマスコットキャラというだけで少女の方にチョコンと乗っていいるとは思えない。魔王は王としての義務を果たそうとしているのではないか。そのように邪推する。なお、魔界の王の定義においても作中のおまけ漫画として書かれているのだが、本作における魔王は魔界を統べる国王・政治家的な立場であり象徴としての魔王ではない。神のような存在ではなく、たんに魔界という国で統制を行っているリーダーなのだ。しかも絶対的な力を持ち、独裁政権を行っていたわけでもなさそうである。というのも魔界にも議会のようなものがあるようで、現に「儂にはその力がなかった」と言っている。つまり立ち位置的には、現実社会における大統領等、それに近い役職であったのかと思われる。そのような立場において、本作の魔王は勇者率いる人間界との対戦に敗れ、幾ばくかの憂いと後悔を秘めていると思われるシーンがあった。
「止めようとした」
「魔界のすべてを止める力はなかった」
「なんだかんだと言っても愛される人柄、そして結局のところ勝ち残る幸運……儂にはなかったな」
とつぶやくシーンが印象的である。
本作の集結がどこへ向かっているのかは、一読者としてこれ以上のない楽しみであるが、「天空の扉」という作品タイトルと、魔王が物語の頭で語った「家の扉が無くなった」と、唯一「扉」という表現が使われていることから、そこに本作のテーマと結末が暗示されているのではなかろうかと思う。
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