ただ読むだけでは終われない。
読んだ後に自分で考えるのも込みで作品。
まず始めに、この作品について感想を述べようと思い立ったことに既に後悔している。個人的にはかなり好きな作品であるし、何度も読み返してみたり、読んだ後に一人でじっくり考えたりする時間も長かった。でもそのときでさえ何か答えが出ることは少ないし、そもそも自分がこの作品をどう思っているのかさえ今はよくわからなくなっている。だがそれこそがこの作品の魅力なのだ。何だか訳の分からないことを言っているようだが、「じみへん」のファンである人には共感してもらえると思う。
画力やストーリー、キャラクター、設定、演出、と漫画を評価する基準はいろいろある。しかしそれらの観点からこの漫画を考察すると、そのどれも優れているとは言えない。むしろ初見の人ならば全く期待できないだろう。だからこの作品について評価するのは難しいのだ。
ではなぜ自分が「じみへん」を何度も読んでしまうのか、それを考えてみるなら、やはり一つは「共感」だろうと思う。四コマ漫画ならぬ十五コマ漫画で描かれるそれぞれの話は、フィクションの話と中崎タツヤの実体験を織り交ぜながら構成されている。そしてそのどの話も鬱屈していたり、ネガティブだったり、悲観的だったり、残酷だったり、自己と葛藤していたり、とにかく閉塞感が漂っていてでもそれがとにかく読者の共感を誘う。あれだけの種類の心の葛藤を表現されたら、嫌でも共感できるものが見つかるはずだ。私たちが普段から故意に思っていたり無意識にストレスを感じて、それでも答えが出ないから保留になっているある種の感覚を、十五コマにして具現化してくれる。そしてそれを読んだ人は、「あー。あるある。」とか「この感覚ってみんなもあるんだ。」というようについにやけてしまうのだ。そしていつの間にか中毒になっている。
だがこの作品は自己啓発をしたり読者を勇気づけたりする本とは全く違うといっていい。これも一つのポイントなのだが、「じみへん」はいつでも答えを出してくれはしない。最後にメッセージがあったり、こうやって考えたらいいんだというアドバイスはないのだ。ただ心のもやもやを十五コマに具現化するだけなのだ。そうされることで読者は自分の心の中にも同じものがあることに気が付いて、先のコマを追いかけると突拍子もなく終わる。そして葛藤を発見しただけで一人ぼっちにされてしまうのだ。そしてそこからは自分で何か答えを出さなければならない。読むのが半分、自分で考えるのが半分。そうやって楽しむことが出来るのだ。
「じみへん」は名前を付けてくれる
この作品の一つの良さは伝えにくい感情の「共感」であると思うが、他の良さとして私たちの中にある何だかわからない感情に名前を付けてくれることがあるということだ。十五コマにされたことで何となく共感するため自分の中の同じような感情が想起される。そしてそれを何と呼べるのか、それくらいは教えてくれるのだ。「ああなるほど。この感情は『肥大した自我』と呼べるのか。」とか思ったり、「これは『好奇心』の一種なんだな。」という風に、その正体くらいは分かる。その数が膨大過ぎて、結局全部を覚えられるわけがなく、というかほとんどが忘れてしまうのだけど、その瞬間その正体が発覚するときにすごく気持ちがいいのは確かだ。おそらくこれには「知的好奇心」という名前を付けることが出来るだろう。そうやって、ある種辞書のような役割を果たしてくれるものでもあるのだ。何だか心の感情で分からないことがあったとき、分厚い「じみへん」を引いてみる。もちろん知りたいものがすぐ見つかることは少ないが、その代わりに何かは絶対見つかる。そんな風にいつも家に置いておきたい作品なのだ。
他に類をみないユーモア
「共感」や「知的好奇心」という楽しみ方以外にも、この作品の良さがあって、それが他に類をみないユーモアだ。話の中には完全なるフィクションや、中崎タツヤのイメージの中にだけある物が描かれるものがある。それがとてつもなく独特で面白い。近年のギャグマンガはテレビやお笑いに逆に影響されて、漫才やコントのようにボケやツッコミといったものが大袈裟になってきている気がする。しかしこの漫画のセンスはそれとはまったく違う。ボケもツッコミもない。無理矢理完結したり簡単に読者に説明させるような種類の面白さにはしないのだ。その分かりにくさはともすれば淘汰される恐れがある。いわゆる不条理漫画のブームのさなか出てきたこの漫画だが、不条理でシュールな笑いは洗練されていくと逆に淘汰されたり、よりエンターテイメントとして派手になってしまったりするような気がするからだ。そういう意味では、この漫画のその中身は何年も変わらずにそこにあり続けた。中崎タツヤは還暦を迎えたことでペンを置いてしまったが、何冊もの「じみへん」は私たちの本棚からは消えないと思う。何だかわからないけれど失うには惜しい作品なのだ。何だかわからないというところが特にポイントだ。
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