人生は複雑だ、しかしそれでいい - ニューヨークの巴里夫(パリジャン)の感想

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人生は複雑だ、しかしそれでいい

4.54.5
映像
3.0
脚本
4.0
キャスト
3.5
音楽
4.0
演出
4.5

目次

セドリック・クラピッシュ三部作完結編

スパニッシュアパートメント(2002)、ロシアンドールズ(2005)に続くセドリッククラピッシュ三部作の完結編です。タイトルの「ニューヨークの巴里夫」は邦題で、原題は「Casse-tete Chinois」、英題は「Chinese Puzzle」と、どちらも難解な中国のパズルからタイトルを取っています。なぜ邦題がこんなことになってしまったのかは分かりませんが、邦題も無関係ではありません。確かにニューヨークにやってきたパリジャンとしての、文化の違いやそれに戸惑うグザヴィエの様子も描かれています。第一作公開から約11年の時がたちましたが、作品の中では約20年の時がたっています。なのでそれぞれの登場人物の人生もいろいろと変わっていきます。映画の続編というのは大抵同じことの繰り返しで退屈になるものですが、この三部作に限っては別です。なんせ我々の人生と同じように彼らの年齢も人生も変化し、直面する問題も全く違うものになるからです(ドタバタは相変わらずですが)。

前作から今作までにグザヴィエとウェンディは結婚をして子供も二人いるというところから始まります。そして離婚をしてニューヨークへ移住、という激しい展開を冒頭にまたいろいろな問題を抱えるわけですが、さすがセドリッククラピッシュ。一見起きそうもない事はシリアス演出などでリアリティを引き出し、映画で描くほどでもないような細かい事柄こそそれぞれのキャラクターの心情を細かく描写していきます。今更と言っては何ですが、グザヴィエがアメリカ人と会話する際の英語力の足りなさによる劣等感なんかも描いたりするほどです。奥さんがイギリス人だったにもかかわらず。何とも細かい。

第一作から考えてみると、フランス人の主人公が初めてスペインのシェアハウスで多国籍の人々と生活をし、第二作でイギリスとロシアに通う生活。そして今作はアメリカに行き、中国の要素なんかも入ってきます。ただ主人公が外国に行く映画はありますが、このシリーズでは取り立てて現地での生活や細かい文化の違いからくる人物の葛藤を描きます。そう思うとここまでグローバルな映画もあまりないかもしれません。これを重く描けば「ロストイントランスレーション」のようにもなるのでしょうが、そうはなりませんし。あくまでテンポよく、フランス映画特有の暗さも残しつつ後味は良くなるように演出されています。

今作の場合は完結編ということでラストシーンには以前の作品の回想シーンや、登場人物大集合でチャイナタウンを行進~なんていう演出的な表現もありました。そのシーンは本当の人生の20年を思わせるような感慨深さや、これからも人生が続いていくことを楽しく思わせるような良さがあり、見終わった後の充実感は本当にありました。

"Ten years, I've lived here! For you!" 

「10年もここに住んだのよ!あなたのために!」ウェンディのこのセリフをあのように書くところがこの映画の良さではないでしょうか。映画というのは表現しない限りキャラクターの感情は読めません。例えば主人公が初めて海外で生活することになったとして、その人物が何を感じるのか。そういった実経験のない人たちが映画を見ても、描かれない限り過ごした年月による心象の変化などはわからないのです。この映画も三作目にして、それぞれ自国を出て国際的な活躍をする彼らのたくましさにただただ感嘆していたのですが、そこに一石を投じるのがこのセリフなわけです。前作から我々が実体感した約10年ほどの年月、ウェンディはずっと内に抱える気持ちをガマンし続けてきたのです。これがあることで、後にウェンディとグザヴィエがニューヨークのエレベーターの中で二人きりになるシーンなんかも、より心細くて切ない雰囲気が出てきます。ウェンディの寂しさに寄り添うのは、もうグザヴィエではなくてジョンなのだと。ただあの描き方だと、ジョンとウェンディも後に離婚しそうですけどね(笑)

人生は複雑か?否か?

原題の意味にもある通り、今作は人生の複雑さについてテーマをおいています。人生とはある目的があって、その目的と現在地を結んでいくものだと冒頭でグザヴィエは言います。しかし自分の人生はその目的地が問題だとも。確かにこの作品ではグザヴィエにさまざまなアクシデントが降りかかり、その人生の複雑さも存分に描かれています。ただこの映画のメッセージとしては、「人生は複雑だ」ということより、「人生は複雑だ、しかしそれが普通だ」というものです。実際にマルティーヌはグザヴィエの人生がめちゃくちゃになっていることに対しても、「それがどうしたの」と答える印象的なシーンがあります。他にも、今作ではグザヴィエが様々な人に気づかされるシーンが沢山あり、ウェンディがニューヨークに移住すると宣言するシーンや、子供に「ニューヨークに行ってうれしい?」と聞かれるシーン、宿題を教えている時に自らが言った「物事を始めるときは計画的に」という言葉に気づかされるシーンなど、グザヴィエは幾度となくハッとします。でも周りの人たちはそれが当たり前かのよう。動揺しているのは常に自分なのです。

グザヴィエは人生とはA地点から目的地までのB地点まで直線を結ぶ考え方を冒頭でしていました。そしてそれは常に何かに邪魔をされてうまくいかないと。つまり問題は複雑な人生ではないのです。常に現在地と目的地を直線で結び、その将来を杞憂しては障害にぶつかって挫折しているという、グザヴィエの人格に問題があるのです。そしてこの映画ではグザヴィエの視点で世界を見ますから、世界もそのように見えます。ただ、色々な人にハッとさせられていくたびに考え方が変わり、最後にはマルティーヌにも「結婚相手を探せばいい」という爽快感のある言葉がかけられるのです。

人生は複雑で、しかしそれでいい。そう思いながらマルティーヌと歩くグザヴィエの表情は晴れやかとしていましたが、これからの彼の人生もどうなるかわかりません。ただ、いい年になってもまたどこかで走り回っているだろうことは言うまでもありません。

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