パニックを救うのが善人とは限らない
暴力と秩序と希望
グロい系の漫画です。人間が人間じゃなくなって、どんどんまともな人が消えて、絶滅するんじゃないかというところまでいく。こういう漫画はたくさん種類があるけれど、「アポカリプスの砦」というタイトルがかなりいいセンスしてますね。「アポカリプス」というのは、天啓とか黙示録っていう意味があるらしいのですが、新約聖書の中の予言・世界の終わりについて書いてあるそうです。最初は何のことやらって思うんですけど、全部読み切った後に、タイトルの意味するものがわかってくる。世界の終わりを防いだ砦。または世界の終わりにできた砦ともいえるかな。新人類と旧人類を分けるものともいえるし、2つの何かを別つものでもあり、繋ぐものでもあるような、ネーミングが個人的には一番ヒットです。
内容は、一言で言えば、世界中で巻き起こる謎のウイルス拡大に、少年院に入れられた少年たちが立ち向かうという物語ですね。次々と広がるアンデッド化になすすべなく倒れていく人間たち。それに対抗すべく策を巡らせる少年院の少年たちを見ていると、生きるか死ぬかを前にしては、人間は平等だなと感じずにはいられないです。
このウイルスの感染によって世界人口の2分の1は死んでしまうことになるんですが、よく残り半分生き残ったよね…ま、確かに、人の寄り付かないような過疎化した地域であれば、そもそもアンデット化した人間たちも寄り付かないよね。人は命の危ぶまれる危険って戦争でもない限り絶対ない。それくらいの知恵とコミュニティを持っている。暴力って、秩序って、なんだっけ。生きてるってなんだっけ。そういうことを考えさせてくれます。
人類の考え方がちょっと変わってくる
確かにパニック状態で、人が次々と人ではないものになっていく世界なんですが、ボコールの言う人間の進化ってやつ、ちょっと興味深いです。人間ってこれからどう進化していくのかなーって考えて、永遠にずっとこの姿かたちのままでいられるってことはおそらくないんだろうなとか、考えちゃいました。ちょっとずつ進化する、生き残るだけの遺伝子を持った個体だけが生き残っていくというダーウィンの進化論じゃないけど、人間がゆっくりと形態を変えていくのではないとしたら、これくらいのビッグイベント・突然変異の先に生き残るものだけが未来を生きていくんだろうね、とは思います。もちろん、大切な誰かを殺すことや、誰かの生のために誰かの死があるということはあまり好感は持てないけどね。
でも自然に起こること、大地の地殻変動や動物の絶滅や繁栄って、どうしようもないじゃないですか。人間が自然のリズムを崩しているっていうことはよく言われるけど、それもまた地球が生んだ生物の結果なんだとすれば、どうしようもない。起こるべくして起こることなんだろうねって思っちゃうんですよね。
人は時を止めたりとかは絶対にできなくて、生まれて死ぬまでに何かを残そうとしたり、想像のつく限りの、自分がやりたいと思うこと・誰かのやりたいと思うことを一生懸命やって、死んでいく。誰か1人だけが偉いわけじゃなくて、たぶんみんなに価値があるわけでもなくて、どうしようもない人間もいて、高尚な人間もいて。そういうるつぼで生きている。そう考えると、なんか生きるのがすごい楽になってくるなーって思います。いつ死ぬかわからないから、とりあえず自分の信じるものを一生懸命やってみようって思えますね。
囚人たちの監獄から生まれるもの
法を犯した少年たちの集まる少年院。ぶち込まれた奴らがクズなのか?本当は、それを作った誰かが、社会が悪いんじゃないの?そう考えてしまいました。吉岡も、岩倉も、ノイマンも、もちろん前田も。確かにどっかの人間が決めたルールを破って、ここにぶちこまれました(前田は冤罪です)。罪を犯した人間が本当に黒いのか?罪を犯させてしまった何かが、きっと悪いんだと思いたいです。これだけ人を思いやることができて、協力することができて、優しいじゃないですか。どうしようもない状況を前にして結託するしかなかったとしても、できるってことは、心が壊れて誰かを傷つけることが好きなわけではないってわかる。それもまたせつないな…
昔からの慣習、疑問を持たせる余地を与えないほどのプレッシャー、自分が悪とはさらさら思っていないということ、それぞれにそれぞれの信念を通そうとしているだけだということ。どこにも悪なんてなくて、何が正義かもわからないのが世の中なのかなーって思いましたよ。成功には報酬を、失敗には罰を。目には目を、歯には歯を。大昔からこれはまったく変わることなく、それが抑止力となって、なるべく多くの人が正当と思われる成功を目指して正しくあろうとする。自分に都合がよい方向に走っていく。社会で生きやすい方向に乗っかれる人もいれば、外れてしまう人もいれば…いろいろだね。確かなことは、監獄の中ですら温かな絆が生まれることはあるってこと。
正義感と悪意が紙一重
ボコールに挑む前田くん。もはや正義なのか、悪なのかわからないくらいです。たくさんのものを奪ったボコールを殴って殴って殴りまくる前田くん。まさにボッコボコ…でボコール…あれ?これはわざと…?家族を、友達を、大切な人たちを奪われた恨み。殺しても殺し足りないと思ってしまう感情。激しい憎悪で覚醒した前田くんのちから…怖いね。
ウイルスに対する抗体を持つ前田くんを利用し、その命を持って多くの人の感染を食い止めようとする科学者。1つの命と、何億という人の命。命を天秤にかける行為…これまた怖い。たとえすべてを失っても、誰かにとっての大事な人の代わりは絶対にいない。美しいと言えばいいのか、単にその人に情を持つところまでその人となりを知ってしまったから言えるのか…知らなかったら殺していたのか…
というように、正義と悪が本当に紙一重に描かれているのがすごいところです。誰かにとっての幸せが、誰かにとっての不幸せなのかもしれない。そうやって保たれている世界に生きているのかもしれない…なんか、悲しいね。みんな幸せになればいいのにね…最後のみんなの去り際も、すごいせつなかった。ここまでお互いを信用して、お互いを守って、団結して1つの目的を達成した。でも、本来は生きる世界の違う仲間たち。別々の道を歩いていく…でも、それぞれが自分の罪と向き合うことができたから、これからはきっと誰かの幸せのために行動できる大人になるね。
その後が素敵
メンバーが解散して数年後。なんと世界にはまだアンデットがいます。すべてが駆逐されたわけではなく、残っているのが現実的でした。フェンス越しに危険地域を分けることに成功した世界。人間と人間ではないものになってしまったけれど、生きている。そして、生き残ったみんなが、罪を犯したことでできていなかったこと、やりたかったことを見つけて働いている。…幸せだね。あれほどの惨劇をクリアした人間とは思えないほど穏やかで、うれしくなりました。ボコールが言ったみたいに、いずれ人間は進化するんだろうか。今ある世界は桃源郷のようなものなのかな…いつかは覚めてしまう夢なんでしょうか。疑問は尽きないけれど、ここが旧人類が生きていくための最後の砦。どうか幸せであるように、願いたいと思います。
話の難しいところもありましたが、「アポカリプスの砦」は相当考えさせられること満載でした。当たり前にあるものが当たり前ではないってこと、考えながら生活したいなと思わせてくれます。
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