弱肉強食は難しいテーマ
美しすぎる動物たち
これは動物たちの物語。王族として君臨するライオンの一族。弱肉強食の頂点に立ち、好き放題に草食動物を食べる毎日。しかしいつしかライオンはただ食べることに飽き、自分たちがおいしいと思う肉だけを食べるようになった。そのため、トムソンガゼル族はその不味い体がゆえにライオンに食べられることなく、奴隷として雑用をこなすことで生きながらえる道を選ぶことになった…奴隷として働く代わりに、生きることが保証される王族の管轄する国。そして一歩そこを出れば自由と引き換えに保証された安全を失うことになる。それでも、王族の奴らの言いなりになって、自分たちが自由に生きられないなんて、そんなの絶対認めたくない…!トムソンガゼル族のブエナは立ち上がります。王族を倒してやる…!
この物語のいいところは、やっぱり絵のうまさかなーと思います。動物たちの表情、筋肉質な肉体、内臓の飛び出具合…こまかいところまで丁寧に描かれていて、ほれぼれしちゃいます。若干、雷句誠先生の「どうぶつの国」に近いかなー…と思ってしまうところもありますけどね。ブエナの必死なところとか、トムソンガゼル族が王族を迎える時の謎の奴隷の舞とか、線がすっかり「どうぶつの国」。こういうの、あったよね?って言いたくなりました。それでも、弱肉強食の世界に草食動物が物申す物語ということで、いったいどんな結末を迎えるのか、先が読めませんでした。って言ってる間に打ち切り終了したんだけどね…どんまい。
トムソンガゼルの哀れな姿
ただ食う食われるの関係で済まされているわけではなくて、まさかの奴隷として働いているっていう設定はなかなかいいなと思いますね。単純じゃなくてよかったと思います。トムソンガゼルが食べられることがない理由が「不味いから」ってなんやねん。ある理由から、こんな暮らしをしている…って散々理由を引っ張って置いて、ページ満杯の渾身のブエナとともに送る言葉が「不味いんだ…!」ってそりゃーないでしょう。よもやそんな理由がくるとは知らず、思いっきり吹き出してしまいました…
ライオンのメス共が狩りでつかまえたシマウマたちを連れて王国に帰ってきた!っていうところから始まってるんですけど、さすがにトムソンガゼルの子どもが足もがれたときは…だいぶ衝撃的でした。弱き者はみなライオンの餌食になるか、奴隷として従い続けるかの2択しかないのだろうか?結局のところ、王族に仕えているほうが断然安全なんですよ。言うこと聞いていれば生きてはいられるものね。王国の外は広い大地が広がっている。だけど一歩その世界へ足を踏み入れたら、ルールも秩序もない世界で身を守って生きていかなくちゃならない。どっちがいいかを天秤にかけて、ブエナは王国に残してきた仲間のみんなや、ゾンみたいに王族のやり方に賛同していない肉食動物たちと共に、どんな世界を作っていくのか。結局、これって絶対完全なるハッピーエンドはないと思うんですよ。食う食われるの関係のもとに、地球は動いていると思いますし、そうやって脈々と受け継がれて、今があると思うから。哀れ、トムソンガゼルよ、道なき道を歩いている気がするね。なんか王国の外で暮らしてたトムソンガゼルもそんなこと言ってた。
美食はまさに飽食の時代をうつしている
この世界では、ライオンがあまりにも強い。弱肉強食のトップに君臨し、どんな敵も倒してしまう強さを誇っていますね。そうやって生きていくうちに、誰も奴らに敵うものがいなくなり、ライオンは、お腹が空いたときに食べようと思えば簡単に食べれるものだ、というところにたどり着いてしまった。おいしい肉しか食べないよーって言ってる話を聞くと、あー現代っぽいな~って思ってしまいますね。いつでも望めば、お金さえあれば食べられないってことがまったくない。それが今の世の中ですからね。おいしいものは食べたいと思うし、まずかったり、自分の気に入った料理でなかったらちょっとたべたくないなーと思ってしまう。ごく自然なことのように感じていたけれど、それはこれだけ日本が平和で、裕福な国だからなんだろうな~…って物悲しい気持ちになりました。知らないところで起きていることは、知らないことだし関係のないこと。でもそれをどれだけ自分の中で想像したり、その人たちの気持ちになってみたりしたかで、人生の厚みは何倍も違ってくるような気がしてなりません。
飽食の時代で、お腹いっぱいだったら捨てて、嫌いな味だったら食べずに残して、そんなふうに贅沢をやってきたけど、やっぱり残さず食べること、簡単に食物を捨てたりしないことをしていきたいですよね。自分のもとにやってくる野菜や肉たちには、それぞれのエピソードがあって一生懸命がんばって生まれてきたはず。無駄にはしたくありません。
ヤスミーンの名を持つ勇敢な戦士
「ヤスミーン」え?ハスミン?って思ってごめんなさい。ちゃんと「神からの贈り物」という意味があったなんて。…いい名前だね。白い悪魔の本当の名はヤスミーン・ラスタム・チーターだとのこと。王族であるライオン共にチーターの一族を殺されてしまった彼女は、たった一人でライオンへの復讐を誓う。チーター族の生き残りとして、力果てるときまで、ライオンを殺しその血肉を食べてやる。白い悪魔の最愛なる子どもたち。それを失ったメスの怖いこと怖い事…女の恨みは本当に祟りのレベルで恐れられてしまうものだなーって思いました。一人であろうと闘うと決めている姿は本当にかっこいい。仕事に例えるなら、彼女はバリバリのキャリアウーマンですよ。バツイチ子持ちってところかな。子持ちだけど子どもの親権は持ってなくて、親権は元旦那のほうが持っている。私はとにかく仕事をして、お金を貯めて、いつか我が子を迎えに行くの…!みたいな感じ?母は強し。
そんなヤスミーンを仲間にするべく、ブエナは彼女を追いかけて王国の外へ飛び出したわけですけど、肉食動物と草食動物でよくうまくやってるよね。肉食動物にしてみれば、目の前にごちそうがあるのに、飛びつかないっていう…まずかろうがなんだろうが、王国の外では常に食べられてしまうリスクがある。お互いに持ちつ持たれつで生きていく道が、果たしてあるんですかね?
まだ何も始まってない
王族をもし倒せたなら、その先の未来は平和なのか、何も変わらないのか。どっちの答えにたどり着くにしろ、最後まで見せてほしかったな~…結局打ち切りになってしまい、やっとヤスミーンを仲間にしてここから踏み出す…!ってときに終わっちゃったもんね。結局、まだ何も始まってないんですよ。ライオンが恐れる白い悪魔を仲間にして、目的果たしてくれない状態で去られても困るんですけど。
終わりを想像してみると、ライオンの独裁政治を倒せても、結局のところ弱肉強食を無くすところには至らなそうですね。奴隷という立場や、ライオンだけがおいしいものを食べるとかそういうのはなくなって、本来の原始的な状態に戻る。そこからまた始めようみたいなね。肉食動物は、肉食であるということからは逃れられないのだから。それが食物連鎖なのだから。
結局出だしを見せられて終了してしまったこの物語。クオリティの高すぎる表紙や、登場する動物たちのキャラの濃さなどは楽しめました。白い悪魔として恐れられるチーターが、たった1匹でどんな未来を選ぶのかは謎のまま。残念無念。
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