ライオンに勝っても弱肉強食は終わらない
細部まで描かれた絵を楽しむ
様々な動物たちが生きる世界。動物たちの絵は本当にきれいで、表紙なんか特に秀逸。う…うまい。肝心の中身でも、動物たちの見事の筋肉が描かれ、異様に細かな血しぶきと内臓の様子を観察できる。常に緊張感があり、食べられるかもしれない恐怖に悩まされながら、それでも勇気を振り絞って闘いに挑むトムソンガゼルのブエナがいる。
弱肉強食のたった一つの頂点に君臨するライオンにより、あらゆる動物が好き放題に喰われていた。それは草食動物に限らず、肉食であっても弱き赤子であれば容赦なく喰われる厳しいもの。そのうえ、ライオンたちは自分たちを「美食家」と呼び、生きていくのに必要な分だけ食べるのではなく、おいしい部分・おいしい種類をとにかく食べようとする。そのイカれた思考は理解しがたく、まずい種族は食べる価値はないと豪語する。まったくもって人間らしいライオンだよね。っていうか、人間をライオンに例えていたのかもしれない。いつの間にか直立二足歩行になって、狩りもやりやすくなって、食べたいものを好きなだけ食べて、いらない部分は捨てるんだ。
そんな状況に奮起するのがトムソンガゼルで奴隷のブエナ。自由に生きていけないことに嘆き、無残な殺し方をするライオンを憎み、ライオンに勝つ手段を得るために、命だけは保証されたライオン管轄の国を出ると決める。ライオンに仕えさせられている別の種族の中にも、ブエナに理解を示すやつもいて。食べられる側に立ち守ろうとするブエナはカッコいい。ただ…ブエナ、君は力で解決できる問題ではないんだなーこれが…と思ってしまう自分がいた。
出だしは、雷句さんの「どうぶつの国」によく似ていて、でも登場するのは動物だけだから、終わりは決してハッピーエンドではないなと思った。どんな結末になるにしろ、やはり弱肉強食の世界に挑む物語というのは、読んでみたくなるんだよ。
かわいそうにトムソンガゼル
トムソンガゼルは、奴隷として働いていれば、ライオンに喰われることなく生きていける種族。なぜシマウマなどと同じ草食動物なのに、彼らは生き延びることができているのか。その理由をさんざん引っ張って、引っ張って…
まずいから
ってそんなデカい文字で言うことだったのか?「肉がまずい」という理由だけで生き延びているというギャップは確かにそうだろう。そして、そんな理由で喰うことをしなくなるライオンたちの考え方が、どれだけイカレていることなのかを強調したいのだと思う。現実ではライオンの狩りはいつも成功するわけじゃない。自分たちよりデカいキリンには勝てないことだってあるし、獲物を追い込んだつもりで逃げられてしまうこともある。そんな中で、捕まえることができた貴重な食材を、まずいからという理由だけで食べなくなるなんて。まずくたって同じ肉なら喜んで食べるもんだろうが!と言いたいところを、ライオンたちは美食にこだわりを見せる。誰も自分たちに敵わないからこそ、誰も意見できない。すげー人間っぽい。
生きていくだけでいいなら、奴隷のままがよかったことだろう。でもブエナは、奴隷として生きるのではなく、自由に野を駆け回り生きていく世界に飛び出したかった。でもそれは、自由と引き換えに、いつ命を落とすとも限らないリスクも付きまとう。その残酷さを語らずして、ライオンを倒せばどうにかなるというのはずいぶんと考えが浅すぎるなーと思ってしまった。そのためブエナのことはあまり応援できなかったんだよね。
ライオンの美食は人間の食事と同じこと
ライオンは強く、結束力が高く、プライドが高く、残忍で、卑怯だ。まさしく人間っぽい。それを風刺した漫画なのだろうとも思う。お腹がすいたら好きなものを好きなだけ食べる。まずければ捨てるし、うまければとことんおいしくしようとする。お金があれば、食べるものには困らない。というか、お金がなくても食べるものはもらえたりする。恵まれすぎたこの時代で、いかに平和ボケな国に暮らしているのか、考えてしまうよね。
結局、どんな国の話を聞いたってそれは他人ごと。当事者でなければ感じ取れないし、直接自分に関係ないことは悩む価値がないのだ。それを心底心を傷めて悩んじゃうような存在は、心を壊してしまう。みんな自分の事で手いっぱいで、それでちょうどよかったりする。
ブエナの考え方と立ち位置がすごく難しいところなので、読みづらいんだよ。確かに草食動物たちに勇気を与えるが、確変を起こせるほどの何かを絶対に持っていないし、言葉で叫んでも理解されないことがどれだけあるかを知らなさすぎる。それが痛々しく、どこかで絶対誰かの死を目の当たりにしなければならない。
同じように飽食しまくってる人間としては、やはり必要な分だけ買い、必要な分を食べ、残さずすべてを味わって、感謝することをしていこうや!と思う。調理した人、調理された食材たち、食べ物を作ってくれた人…全部のものに感謝して食さなければ、このライオンと大差ないことになってしまう…。
チーターの母強いが彼女ありきか
「神からの贈り物」という意味を持つヤスミーンという名。ライオンをも殺す高い戦闘能力を持つチーターのヤスミーン。彼女はライオンの王族どもに、自分の大切な子どもを喰われた経験を持つ。その恨みを晴らすべく、ライオンたちを殺して喰おうと決めた。美食家だとほざきながら、ライオンたちの血肉こそまずい。うまいもん食べたって、体はおいしくはならないんだよ。なんか皮肉っぽいよね。
ヤスミーンだってそんなの喰いたかない。だけどそれを喰らってやることでしか、ヤスミーンの腹の虫は絶対に収まりそうにない。ライオンたちからは白い悪魔と恐れられ、力果てるそのときまで決して死ぬわけにいかないヤスミーン。まじで女の恨みは7代祟るくらいの勢いがあるよね。
そんなぎりぎりの状態のヤスミーンを味方につけようと決めるブエナ。もうね、ほんっっとうに無謀で悲しくなる。そんなことしたって、殺し合いしか待ってない。そして、殺し合いをヤスミーンにやってもらおうっての?悔しかったらあのシマウマみたいに強くなって、シマウマの仇とってやれよ!って思う。
彼らの旅はここからだった
王族を倒したとしても、トムソンガゼルが自由になるだけ。食べられる恐怖はずっと残る。ライオンという共通の敵がいたからこそ、種族を超えて団結できていたところもきっとあるはずで、ヤスミーンや協力者のハイエナだって自由になったら好きなように食べる。そんな世界になってでも、自由を手に入れてくれるのか?ブエナの選ぶ未来がどんな世界かはすごく気になるものだった。だけどすぐ打ち切りになってしまって…絶対「どうぶつの国」と何となくかぶってたからだと思ってるんだがどうだろう。草食動物が肉食動物を仲間につける…ちょっと目的は違うけど、おおよそ似ているんだ。
まだね、ブエナはやっとヤスミーンを仲間にできたところであり、ライオンの親玉とは戦ってない。そんな状態で「俺たちの旅はこれからだ」という終わり方をされると悲しい。「俺たちの旅はこれから」と言うセリフが出たら、どんな漫画でも打ち切りだと判断できるわ。
食物連鎖にどこまで食い込んだ結末を持ってこれるか。それを楽しみに読んでいたのに残念すぎる結末だった。よくよく考えてみると、そもそもこの流れでいい結末ってなかったかもしれないよね。打ち切ってよかったと思っておこう。
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