SFパニック映画はこうあるべき!
現実味のある異常現象とストーリー展開
冒頭から、鳥の異常行動やペースメーカーの人全員が突然死したりと、地球の異常を思わせる状況がこれでもかと流れる。ここでいいのは実際にありそうな感じなことが起こること。例えばだけど「2012」みたいになってしまうとあり得ないとしか思えず、ここで感情移入が止まってしまう。それに比べて、この映画は本当にそういうことになるのかもという異常事態に留まっているので、話にリアリティを感じる。そして集められる各分野の専門家たち。この展開はベタではあるけど、こういう天変地異系パニック映画には必須の展開だと思う。この映画のタイトル通り、異常をきたしたのは地球の核(コア)。この目の付け所もいい。それまでは「アルマゲドン」や「インディペンデンスデイ」のような隕石到来系や宇宙船到来系が多く正直食傷気味であった分、新鮮に見えた(この二つの映画はそれだけでなく、アメリカ独特のヒロイズムがぎっしり詰まっていてあまり好みではないが)。
コアだから地球の奥にいかなければならないのだけど、その発想がまたすごい。その作戦のため僻地にいる専門家のところにいきなり軍が訪ねるところもベタな展開でよい(この時「500億ドルいるぜ」というブラズに軍の人が「小切手でいいか?」と答えるところがあるが、その時この軍の人が一切笑わないのも個人的にはよかった)。その作戦は、地圧にもマグマの高温にも耐える地中探査船を作り、硬い岩盤を超音波破砕機で溶かしながら潜っていき、コアに達したら核爆弾を投入し止まった回転を復活させると言うとんでもない力技ではあるのだけど、ストーリーから目が離せなかった。
SF的検証はさておき
もちろん科学的に無理があるのは素人でもわかる。凄まじい地圧を耐えうる上マグマの中を通れるような超合金で出来ている上、硬い岩盤は超音波破砕機で溶かしながら進める地底探査船を作ることだけでも非科学的なのだろうとは思う。けれども、天才的な専門家がお金に糸目をつけず持ちうる技術を全てを注ぎ込んだら、もしかしたらできてしまうのかもと思わせる力がこの映画にはある。映画なんて大体がフィクションだし、そこにどれだけうまくリアリティを持たせることができるかということだろう。どれだけあり得ない設定でもそこにリアリティを感じれば人は違和感なくストーリーにのめりこんでしまう。そしてこの映画はそういうことを感じさせてくれる。コアに比べたら小さく感じる核爆弾を投入して回転を期待できるのかとも思うけど、相乗効果で爆弾の配置を時間差で考えるとか言われたらそうかとも思えるし、地圧のことを考えると水晶の森があった空間ができるのはどうなのかとも思うけど、誰も地球のコアなんて行ったことないんだし。ブラズはどうしてそんなところにスイッチをつけたのかと思うけど、時間がなかったからそこまで想定してなかったと言われたらそれはそれでリアルだし。SF的検証がどうとか言う以前に、心は面白いと感じてしまっていたこと。それが全てだと思う。
魅力あふれる登場人物
天変地異的パニック映画ならではの醍醐味で専門家が集まるところ。彼らの個性がしっかりあるのも見所。地球の異常の兆しが見え始めた頃スペースシャトルの地球への帰還の座標が狂い(ここもリアリティがあってよかった)、大事故になるところを機転で救った女性レベッカをヒラリー・スワンクが好演している。ガリ勉タイプで融通は利かないものの女性らしい可愛らしさも垣間見せるところは、好感がもてた。あと天才ハッカー、ラット。コンピューターおたくぶりも、体に悪そうなスナックがないとだめなところもツボを得ている。そして、クジラの歌声でどこに沈んでいるかわからない彼らを見つけだしたときの彼の顔は素晴らしかった。役柄をしっかり自分のものにしてしまっているんだろう。彼がロストにでているのを見たときはちょっとうれしかった。無敵の地中探査船を作ったブラズも、専門家ならでは変人ぶりがにじみでていていい。こういう映画にありがちな自分を犠牲に皆を救うというシーンで彼は死んでしまうのだけど、なぜか大げさなヒロイズムが感じられず(それは彼が作った船だからこその責任だったかもしれないが)、そこも個人的には好きだった。大げさな音楽や効果音で感情を煽るようなこともなかったのもよかったし。手柄を横取りしようと狙っている悪そうな科学者も(ちょっと松澤一之に似ている)脇をひきしめて、あらゆる個性が満遍なくそろっていた。彼らに比べると主人公のジョシュを演じるアーロン・エッカートがちょっと弱い気がする。もともと顔立ちもこういうパニック映画向けでもないし。彼がでていると、ちょっとラブロマンス系にもっていこうとしているんじゃないかという余計な心配をさせる。
完璧なハッピーエンディング
作戦は成功したものの、作戦自体は機密事項とされたため誰もが地球を彼らが救ったということを知らずに平和に生きていることが許せなかったラットが、ネットカフェのようなところで暴露ウィルスを送ったところはとてもうまく出来ていると思う。たくさん人が死んでそれをヒロイズムというもので終わらせないところが、他の映画と違っているところだ。
この映画の監督がどう思っているかは分からないが、この“ヒロイズム”というものを意図的に軽く描写しているように思う。各分野の専門家が集まっても決して「アルマゲドン」のような効果音付きのマッチョな集団でもない。そういうところが現実味があって引き込まれる一因にもなっているようにも思う。
そういう意味でもこのエンディングは最高に気に入っているエンディングのひとつだ。
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