神の目を持つ孤高の写真家の人生を紐解く - セバスチャン・サルガド/地球へのラブレターの感想

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セバスチャン・サルガド/地球へのラブレター

4.604.60
映像
5.00
脚本
4.50
キャスト
4.30
音楽
4.50
演出
4.30
感想数
1
観た人
2

神の目を持つ孤高の写真家の人生を紐解く

4.64.6
映像
5.0
脚本
4.5
キャスト
4.3
音楽
4.5
演出
4.3

目次

孤高の美に見せられたヴェンダースならではの映像表現

2014年作品。世界で最も優れた報道写真家のひとりと言われる、セバスチャン・サルガドの膨大な写真資料と共に、彼の人生の軌跡を描くドキュメンタリー作品です。

監督はヴィム・ヴェンダースと、サルガドの長男であり、映像ディレクターのジュリアーノ・リベイロ・サルガド。そのため、サルガドの写真と同様、映像作品として非常に美しく、少しも説明的でなく、詩的で完成度の高いものになっており、また、家族が関わっているので、畏れ多い巨匠サルガド、という側面だけでなく、息子が尊敬する父親を知りたいと思い、父親の内面を旅していくといった内省的な視点も持っています。

そもそも作品があまりに圧倒的で、見ながら思わず何度も呼吸を止めて見入る、というようなことが何度も起こるのですが、そうしたサルガドの作品の世界観を壊さず、静かに寄り添うような丁寧で注意深い作りが素晴らしいと思いました。

自分にとって、映画監督としてのヴェンダースは、どうしても「パリ・テキサス」のイメージのままというところがあるのですが、90年代以降も多作で、ドキュメンタリー作品を中心に撮って来たこと、そしてまさに現在、2016年の冬に久々の劇映画でもあり、しかも3D作品である「誰のせいでもない」が公開中だそう。一貫してメーンストリームとは一線を引いたところで自分のスタイルを貫きながら、精力的な映画監督であり続けているのだなと感心しました。

劇映画であろうと、ドキュメンタリーであろうと、彼の紡ぎ出す映像には揺るぎない強烈な美の感覚というものがあります。ヴェンダースは、ドキュメンタリーの被写体として、何人もの本物の芸術家を取り上げていますが、彼らに共通するのは、ストイックで、何ものにもおもねない、孤高の美です。それは、フレンドリーで分かりやすい美しさではありません。苦しみと厳しさをともなった、そして圧倒的な美です。ヴェンダースの人生は、そのような美に魅了され、それを映像で追い求める人生なのでしょう。

本作は音楽も素晴らしかったです。ゾエ族の撮影シーンで終わっていくエンディングの、エンドロールに切り替わる際の音楽は見事な余韻を残しました。

打ちのめされるほどに圧倒的

冒頭、観客はいきなりあっけにとられることになります。1980年代ブラジルの鉱山、セラ・パラーダ。一攫千金を夢見て、命がけで金の採掘の為に5万人を超える人々が泥まみれで非常に危険な急傾斜の鉱山を行き来する。それを俯瞰で収めた一枚です。

巨大な蟻の巣のような、ピラミッドのような古代遺跡を作るために無数の奴隷が働かされているような、途方も無い、なんとも言えない気持ちにさせられるものすごい写真です。

そして、この圧倒的な冒頭の写真にいずれ劣らぬ作品が作品の最後まで何枚も、何枚も映し出され、私は冒頭の感想を何度も、何度も、繰り返し抱くことになりました。

それほど、セバスチャン・サルガドの写真とは、途方も無い、なんとも言えない気持ちにさせられるものです。写真というのは、当たり前ですが喋りません。基本的には、そこに切り取られた一瞬を見せるものです。意見はないし、どういう風に思うかは観る側に委ねられている。写真家のまなざしだけがある。

映画を1本見たくらいでは、彼のことなぞ大して分からないけれども、少なくとも彼の写真を見ると、つくづく自分は何にも知らないんだな、何でもまあまあ分かっているみたいな顔をして暮らしているけれど、本当は何にも分かってないし、自分のいる場所はちっぽけなひとつの場所でしかなく、ほんとうの世界はどこまでも広いし、人間は途方も無く美しくも、おぞましくもあるんだなということを、つくづく、痛いほど思い知らされます。

言葉に置換できる分かりやすい感情が出て来なくて、胸の中にもやもやとした説明のつかない思いが広がっていきます。多分、一枚の写真に込められた要素が、あまりに本質的で、世界をそのままぎゅっと凝縮したような何かを持っているからだと思います。

折々に、写真の解説をするサルガド自身の映像やナレーションが差し挟まれます。非常にもの静かで、淡々とした言葉には重みがあります。そして、70歳になったこの世界的な写真家の面構えは素晴らしいです。作品とオーバーラップするように彼の顔が映し出されると、なんてきれいな顔なのだろうと思いました。

言葉での説明を拒む写真たち

途中、人間の残酷性の極みのような、難民を追ったパートでは、見るのが辛すぎて数日中断していましましたが、故郷の自然の再生と共に、地球の姿を追った壮大なプロジェクト「GENESIS」へ向かう下りからは、静かな癒しの感覚を感じながら一気に見ました。

これまでの写真以上に、人間のちっぽけさ取るに足らなさを感じさせる、完璧な構図の、完璧な光の、完璧な瞬間を捉えた、地球の自然や動物たちを写した作品群。どう表現しても安い気がしてしまいます。写真なのだから、そもそも言葉は必要ないのでしょう。

写真集は高価でかさばるからなかなか手が出ないけれど、観賞後は、彼の写真集を時間を忘れるほどほどにじっくり心ゆくまで眺めてみたいという衝動にかられました。

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