天才と楽しく共存するにはどうしたらよいか - アマデウス ディレクターズ・カットの感想

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天才と楽しく共存するにはどうしたらよいか

5.05.0
映像
5.0
脚本
5.0
キャスト
4.5
音楽
5.0
演出
5.0

目次

「天才」と共に生きることの難しさ

最初にアマデウスを観たのは二十歳そこそこの若い頃。ひたすらモーツァルトに肩入れし、サリエリを敵視した。最後にボロボロ泣いたのは、モーツァルトを哀れに思い、35歳で彼を亡くしてしまうなど人類の大損失、周囲の人達は何をやってたんだと怒りにかられたからだった。

それから30年経った今、私は全く違った視点からこの映画を観るようになった。「天才」と共に生きることの難しさ・苦しさを思い、周囲の人間の為に泣くようになった。

モーツァルトは、アスペルガー症候群かそれに近い発達障害だったのではないだろうか。他の人間には真似ることのできない音楽への執着、集中力、記憶力。サリエリが嫉妬してやまないその才能の裏側には、コミュニケーション能力の欠如が伴っていたのではないか。

天性の明るさ、人の良さ、そしてその類まれな才能を身近にいる人ほど感じ、守ろうと思ったろう。しかし、守ろうとすればするほど、報われない思いに苦しんだのではないだろうか。

息子・夫のとしてのモーツァルト

モーツァルトの才能を見抜いて育て、息子の欠点も知り抜いていたレオポルドはどんな思いで逝ったのだろう。我が子が良くも悪くも「特別」だったら、親としてはどう生きればよいのだろうか。

自立する力はあるのだから、いつまでも親元に置くわけにもいかない。かと言って、一人で社会に出せばトラブル続きになることは目に見えている。ひたすら手紙を書いて諭しても、心もとないばかり…息子自身も苦しんでいるのがわかるから、なお辛い。

私は自分が母親となった後、幾度この映画を観返しても、親としてどうすべきだったのか、答えが見い出せないでいる。発達障害というものが認識された現代であっても、理性では治らないとわかっていても、何とかしてやりたいのが親心。子供の幸せを何より願い、その為なら何でもする。でも、どうすればいいのか答えがない。レオポルドの葛藤には救いがなく、それを敏感に察した息子が作ったドン・ジョバンニのシーンは、時には早送りで飛ばしてしまう程に観るのが辛い。

その反面、コンスタンツェの生き方には救われる。病気の夫を置いて自分だけ湯治に行くなんぞ、なんたるダメ嫁、と若い頃は思った。今は違う。彼女が第一に守るべきは夫ではなく、自分の子供達だ。そして、子供達が最も必要とするのは母親だ。自分が倒れたら子供達はどうなる。夫は、怒りをぶつけようが懇願しようが、一向に変わらない。自分が身体を売ってまで守ろうとしてるのに、どうして…と悩みまくった後、心のどこかで夫を見切ったのではないか。

愛していても、時には離れることも必要だ。自分が壊れてしまわないよう、彼女は本能的に距離を置いたのだろう。夫婦として一生を過ごすには、上手に距離を保つことも必要なんだと考えさせられる。

同僚としてのモーツァルト

職場の同僚としてのサリエリも、ほとほと辛かったろう。職場は所詮は成果主義。良い成果をもたらしてくれるなら、性格が悪かろうが多少困ったところがあろうが構いません、というのが組織の論理だ。いかに努力しようとも、結果が出せなければ評価もされない。真面目にコツコツ生きてきた人間には、救いのない現実だ。

でも、サリエリさん、あなたも決して凡人じゃありませんよね?初めてモーツァルトに会った音楽会でスコアを見て感激する姿、そしてコンスタンツェが持ち込んだオリジナルスコアを見て衝撃を受ける姿、私は何度観てもあなたに嫉妬して、怒りすら覚えます。

そんな凡人ではないが突き抜けた天才でもないサリエリは、同僚としてどう生きるべきだったろうか。現代であれば、作曲家でなくプロデューサーに転じれば、大成功だったかもしれない。しかし、作曲家として雇われたサラリーマンとしては、それも難しいか…

たまたま天才が同じ職場にいたために、最後は自分が壊れるところまで悩んでしまうサリエリは、気の毒としか言いようがない。しかも、天才ではないにしろ、凡人とは言えない能力を持った人間なのだから、壊れてしまっては組織にとっても大損失だ。もし、サリエリを救って、活用できる人がいたとしたら、それはコンスタンツェだったのではないだろうか。

私は、コンスタンツェがサリエリのもとにスコアを持ち込むシーンで、彼女の青さをいつも残念に思う。モーツァルトの音楽を素晴らしいと言うサリエリに、夫の音楽は最高だと得意げに答える彼女。あの彼女には、いつも「ダーメーだから~」と突っ込みを入れてしまう。

そこは、うまくサリエリさんを持ち上げて、モーツァルトを支えてもらえるように持ってかなきゃダメでしょ!うちの旦那は作曲は出来るのかもしれないが、社会人としては困ったちゃんなんです。サリエリさんのような大先輩に助けてもらわなければ、どうにもやっていけないんです、とサリエリの自尊心をくすぐって欲しかった。そしてサリエリに、人生は音楽(仕事の成果)だけじゃない、また、天才だからこそ周りの助けなしにはやっていけないんだ、と気付かせて欲しかった。

…といういうストーリーだったら、「アマデウス」ではなくなってしまうけれども…

モーツァルトほど突き抜けた天才ではなくても、「特別」な人が身近にいて、日々悩み苦しむ人は多いだろう。この映画を反面教師に、現実では、天才と少しでも楽しく共存できるようになりたいと願う。

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