SF性、ストーリー性、美しさ、どこを切っても文句なし!
歴史解釈、ハードなSF性、画力、アクション、飽きさせない展開
星野之宣、諸星大二郎、日本を代表するSF漫画家だが、この二人の共通性を示す言葉として私は「歴史再解釈SFの大家」という造語を使っている。諸星大二郎の「孔子暗黒伝」「暗黒神話」は実在の人物や古代神話をパズルのように見事につなぎ合わせ、こういう解釈もあるのか、とSFファンを感嘆させた。一方星野氏も「幼女伝説」などで同様のジャンルを描いているが、ストーリー性、ドラマ性が優先しており歴史解釈では諸星氏に一歩劣る、と私は思っていた。しかしそれはこの「ヤマタイカ」までのことだ。本作は星野氏特有のドラマティック感はそのままで、歴史解釈、ハードなSF性、画力、アクション、飽きさせない展開など、どの部分から見ても100点の出来と言える。何しろこのジャンルはどうしても説明が多くなり、読みにくく固くなりやすいのだが、キャラが美しくアクションも豊富、展開にもスピード感があり、読者を全く飽きさせない。以下具体的に私のお気に入りのキャラやシーンを上げる。
セクシー、最強、魅力的すぎる広目
主役を神子と岳彦と考えれば間違いなく宿敵である広目、しかし誰もがこのキャラに惚れてしまうだろう。前半は四天王の一人として神子一団を追う悪役(?)的立ち位置だが持国、増長、多聞らが次々と命を落としていく中で急激に存在感を増していく。四天王それぞれの力を受け継ぐ姿は鳥肌無くして見れないし、第一部東遷編のクライマックス付近での神子との空中戦は読者の度肝を抜く。そこまでも超能力は見せていたがまさか生身の二人が空を舞い激突するとは?!
少年ジャンプか?これは!と驚きもするがしかしリアルさを失わずに展開する星野之宣の技量が凄い。東遷編のラストで多聞を看取る瞬間などはもはやこちらが主人公か、と疑うほどである。正直なところ岳彦よりも主人公っぽい、とか思っていたがラストではお互いを「アマテラス」「大日如来」と呼び合って神子と刺し違え命果てるという展開となり、最後まで群を抜いた存在感を示し続ける。
ビジュアルは前半は僧侶、後半は山伏(?)を思わせる服装で通常「セクシー」とは対極と思われる存在でありながら、しかしとことんセクシーである。
本作の前身である「ヤマトの火」ではこれに当たるキャラがいないためか、歴史解釈が中心で読み味が今一つだ。読み比べてみればいかに広目が重要なキャラかがよくわかる。
歴史解釈だけじゃない、過去を現在に結び付ける構想力
もともとハードなSF性が強い作品が得意な星野氏、一つないし二つの核となるSF的要素の前で人間たちがどう振る舞うか、という作品が多い。初期の代表作ブルーシティでは殺人病原体の驚異に人間がどう対応するか、そして深海に残された人々がどう生き残っていくかを描いている。それ以降も、もしも氷河期が訪れたら、古代と現代を結ぶタイムトンネルがあったら、などSF的ワンアイデア+それに対処していく人間のドラマを描き続けてきた。そして本作はヤマタイカと呼ばれる踊狂現象を現代に復活させ、日本を壊滅状態に陥れたうえに米軍の戦艦まで出動させており、スケール感も並大抵ではない。この展開は諸星氏の暗黒神話を十分に凌駕している。
SFとうんちくだけじゃない、感動、興奮がてんこ盛り
この手の作品でイマイチに終わる場合、SF性や奇想天外さばかりがクローズアップされ過ぎて読者が置いてけぼりになるケース、あるいは読者を納得させることに力を使い過ぎて知識本になってしまうケースなどがある。しかし本作はどちらにも陥らない。前述の広目をはじめとして各キャラが非常に魅力的で、またそれぞれがそれぞれでしかできない行動をする。神子と岳彦の父早作は単なる学者としての興味や探求心だけで動くのではなく、火の民族のマツリの復活に命を懸けるし、島伊都子に自身の遺伝子を残すなど人間としての魅力が深く描かれる。早作の死のシーンで心を揺さぶられた読者も数多くいるだろう。
勢理が岳彦に見える愛情、首里の裏切りなどもドラマを盛り上げるし、鉄吉ら民衆も「日本をぶち壊す」などと叫びつつヤマタイカのマツリを扇動したり、「自衛隊」が「国」よりも「国民」を守るために戦ったり、城(ぐすく)がシブくてかっこよかったり、と脇役たちも見せ場を連発する。更に北海道、東北、九州、沖縄と中央から虐げられ、常に犠牲を強いられてきた人々を描き、国政を司る政治家を描き、日本の歴史を描き、アメリカの思惑を描き、と要素はてんこ盛りなのに、とっ散らかった感が全くない。物語の始めこそ比較的静かに歴史究明の旅を続けるが、前述の空中戦から大仏を立ち上がらせて大スペクタクルを描いて前半を終え、後半に入るや戦艦大和を復活させてマツリの依り代にするなど、ビジュアル感、スケール感も満足させつつ、神子をはじめとして伊耶輪神女団のメンバーも美人揃いで読者サービスも忘れない。ここまでサービスしつくしていて尚話がばらつかず、「ヤマタイカのマツリ」に一点集中で走り続ける。
この作品で全てを出し尽くしてしまい、もう次の作品なんて書けないんじゃないか、と星野氏の心配までしてしまうほどの作品だが、むしろこれを機に次々と意欲作を連発し、60歳を超えた今もなおSF巨編を連載している。星野之宣、恐るべしである。
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