圧倒的な才能がすがすがしいくらい
魅力的な写真たちのバックストーリー
確か記憶では、この映画が製作された2007年当時、アニー・リーボヴィッツのこれまでの仕事の集大成ともいえる大規模な世界巡回展が同時進行していました。この映像はその中、あるいはプロモーションとして組み込まれる素材のひとつというのがそもそもの位置づけだったのではないかと推測されるのですが、そのような状況の中で作られたゆえに、この作品は1時間22分という短い尺にも関わらず、非常に過不足なく、明快にアニーのキャリアの変遷をまとめあげたものになっています。
いささか明瞭にすぎるくらいに、要素とストーリーが分かりやすく整理された感があります。しかしこの男らしく装飾を省いた、さばさばした描き方もまたいかにもアニーらしい。
普段からアニーの仕事を近くでサポートしている実妹が監督しており、従って本人のインタビューも周辺の人々へのインタビューも充実しています。しかし何より、圧倒的な魅力を持った写真たちの存在!
作中、映像に差し挟まれるかたちで相当な枚数のアニーの写真を見る事が出来ますが、一つたりともつまらない写真がないことに改めて圧倒されてしまいます。本当にどの写真にも魅了されてしまう。
この映画自体、彼女の作品がまずあって、その作品のバックストーリー、彼女の人生の変遷がそれに並走した形で描かれているわけですから、ただでさえ素晴らしい写真たちに更に説得力が加わるということで、もう面白くないはずがないわけです。
登場人物たちの迫力
このドキュメンタリーが非常に好きな理由のひとつが、アニー本人と、この映画に出て来る人たちの面がまえ、その存在感が素晴らしいことです。早い話が、アニー自身が何の留保もなく圧倒的に才能に溢れた人物であり、その芸術を追求すること、という人生の目的が全くぶれない人ゆえに、彼女の周囲の人々もまた、彼女のような迫力を持った人たちで彩られているということなのだと思います。
本物は、自分を余計に大きく見せたり、威圧したり虚勢を張ったりする必要がない。おもねたり、愛想を振りまく必要もない。アニーの有無を言わせぬ才能ゆえの率直さと自然さは、見ていてほれぼれするほどです。普通にしているだけで、何かどーんとそこにいるという感じがあって、とてもカジュアルなのに威厳がある。美人じゃないし、少しも身ぎれいにしていないのに、颯爽としていて、顔の皺も目も何ともいえない味がある。
そういう迫力のあるすごい顔がたくさん出て来るので、写真同様見惚れるのです。しかしその知性と才能滲み出る顔たちは、何ともいえない憂いと悲しみの影もたずさえているのです。
とりわけアニーの生涯のパートナーであった現代アメリカの知性を代表する存在であったスーザン・ソンタグと彼女らの共通の友人であるグロリア・スタイネムの顔の素晴らしさは忘れ難く印象的です。
また、彼女のキャリアにおける重要なポイントで2度までもジョン・レノンとオノ・ヨーコのカップルが関わっていますが、彼らもまたアニーと同類であり、ヨーコのインタビューではアニーを同志のように見ている優しい感覚が伝わってきました。
それにつけてもジョンが射殺される直前にアニーがふたりの写真を撮っていたこと、ましてやそれが「あの」写真であったことは驚くべきことです。
アメリカの生きる伝説のような人生
アニー・リーボヴィッツは現在66歳で現役で活躍している今や巨匠と呼ばれる写真家ですが、彼女の人生はアメリカの生きる伝説みたいなもので、折々に関わって来た人々のカラフルさも、生きた時代と場所も、非常に突出したものがあります。
ヒッピームーブメントが生まれたサンフランシスコで、創刊されたばかりのローリングストーン誌に見出され、ローリングストーンズのツアーに帯同。
自らも麻薬中毒になりながらもその時代を生き抜き、メンターであるビア・フェイトラーに出会う。そしてヴァニティフェア誌を経てアナ・ウィンターの「VOGUE」誌へ。また、スーザン・ソンタグとの出会い。52歳で第一子を出産、現在は3児の母でもある。何ともドラマチックな彼女の人生。
つくづく面白いなあと思ったのは、そしてそれこそが彼女の業であり哀しみであるのかもしれないのですが、人生の折々に非常に特殊な環境があり、それにどっぷり浸かりながらも彼女がたくましく生き抜いたという点です。
それはインタビューに登場したストーンズの面々に対しても言えることなのですが、ストーンズに深く関わった多くの人が、薬物中毒になるなどして身を持ち崩していったし、その中でろくでもない死を迎えた人もいたに違いないのですが、当の彼らは渋いおやじになって、いまだにロックンロールしている。アニーもまた精力的に活動している。
(ビア・フェイトラーは44歳の若さでこの世を去ったし、スーザン・ソンタグもまたがんを患った末に亡くなっています。)
彼女が生き抜いたのは、もちろん肉体的な彼女のタフさというのもすごくあるんだと思いますが、ストーンズの皆さんも、アニーも、精神的にも強かったのか?
やはり私は、強さよりは、アニーには「いい写真を撮りたい」という欲が何にも増して強く、その欲には他のどんな欲もかなわなかったのだろうな、と思います。だから、ただ巻き込まれ溺れることがなかった。ストーンズにおいても彼らが渦の中心にいて、当事者であり「巻き込まれる側」ではなかったということなんだと思います。
アニーにおいてはある意味冷徹なまでに、人生よりも何よりも、彼女の芸術への欲望が歴然としてあるのだと思います。だからこそ、彼女はあの時代を生きながらえたのだろうと感じました。
愛情深くも、結果的には彼女の才能の前に全てがかしずくかのような彼女の人生の有りようが、すがすがしくもあり、やはりそれは業のように思えなくもない。そういう彼女の人生を面白く見ました。
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