伝説の終焉の感想
暗殺者という存在
タンガ・パラスト同盟にスケニアまで加わった三国からの同時攻撃に苦しめられるデルフィニア。緒戦の海戦には何とか勝利したものの、まだまだ予断を許さない状況の中、スケニアの裏で暗躍する伝説の暗殺者一族「ファロット一族」が不穏な動きを見せます。
暗殺者と聞くと私なんかはビルの屋上でライフルを構え、標的を仕留めた後には速やかに撤退するような一撃必殺のヒットマンを連想しますがデルフィニア戦記の暗殺者は集団の中に溶け込み、その場にふさわしい人柄を演じ、決してばれないまま痕跡を残さず仕事をやり遂げます。その為には暗殺者個々人に程度の差こそあれ、出向先で不自然にならないようにするための常識や立ち居振る舞い、暗殺をするための薬の知識や戦闘技術、また、普通に仕事をしながらも暗殺のための準備をも進めなければなりませんから人並み外れた精神力と体力も必要でしょう。そこまで出来る人間ならば暗殺家業を続けなくとも普通に働いて暮らせそうですがそのようにはさせない管理者側の強烈な洗脳による支配があります。このファロット一族の洗脳の怖い所は、命を盾にとって言う事を聞かせるような洗脳ではなく、その上を行って、死を命じてもそれを実行してしまい、それを当然とすら考えている不気味さにあります。
リィと出会い、感化され、人間らしさを取り戻してきたシェラがこの巨悪と対決します。また、一族の真実を知り、疑問を持ちながらも一族を抜けられないヴァンツァーがファロット側としてシェラの前に立ちはだかりますが、このヴァンツァ―の悩みが何とも言えず秀逸です。ファロット一族の人間として人並み以上に仕事をこなせてしまいながらも真実を知り、自分自身の存在に疑問を持ち、しかし、確かめる術がありません。もしも仮に一族の監視を振り切りどこか別の土地で流れ者として新しく暮らすことが出来たとしても、暗殺者は演者として集団に溶け込むことが出来てしまう存在なので、上の指示も無しに仕事まがいの事を続けているに過ぎず、「自分は暗殺者以外の存在になれるのか」という疑問に答えたことになりません。だからヴァンツァ―はシェラに目を付けて、問いを投げかけたのだと思います。自分で出来ないことを他人に押し付けて確認するのもどうなのかと思いますが、確かめずにはいられなかったのだろうなとも思います。そうしたヴァンツァ―の行動はシェラの疑問の発露になっています。ヴァンツァ―の存在が無ければシェラはファロット伯爵の攻撃に耐えられなかったかもしれません。
闇の迎え
「迎えが来たら元の世界に帰る」とはリィが最初から言っていたことではありますが、本当に迎えが来たのか、遂に、と思わされ、不安にさせられたキャラクター、ルゥ。姿は整っているけれど男らしくはなく、魔法的な力は封印されているけれども牢番を魅了してしまい、説明下手でシャキシャキ話さないわりには物事の核心をついてみたり、このように特徴を挙げてみるとなんだか悪い奴のような気もしてくるけれど芯はしっかりしていて、ある意味筋は通っているという不思議な異世界からの来訪者ですが、たどり着いたデルフィニアの城では彼はリィに会うことが出来ません。リィと深く関わった人々と彼もまた関わっていくことになるわけですが、その関わり合いの中で自然に会話しているように見えて、実は相手の本音をさらけ出させてしまうという能力のようなものも感じられます。作中でハッキリと本音を吐かせる魔法だとか特性だとかは記述されていませんが、ポーラは弟が捕まった知らせがあったとは言え初対面のルゥの前では気丈に振る舞うべきところを泣いてしまいます。後には隠すべき事は徹底的に隠すことが出来るサヴォア公爵バルロも本音をポロっと言ってしまいます。だからと言ってルゥが何か悪いことをするわけではありませんが不思議な存在感を醸し出しています。
ルゥと国王の会話はのどかに話しているようで政治情勢に切り込んでみたり、お互いの腹芸のように見えてしまう癖を指摘し合ったりしています。それを周りで聞く女性陣が恐ろしい会話だと評しましたが、もう一点付け加えるならば、ウォルはいつも通りに会話をしているので、相手に本音を話させてしまうルゥの能力のような物がウォルの前では全く意味をなしていないところにウォルの堂々たる安定感が現れていると感じます。
「帰るかどうかはあの子の意思に任せる」と物分かりの良いことをルゥは言います。同時に裁定者のような目線でリィと関わってきた人々をつぶさに観察しています。知り合って間もないにも関わらず、気が付けば本音を吐いてしまい、周囲に溶け込んでいる様は、ファロット一族の演者としての能力に似ているかもしれません。どうして似ているのか。そもそも月たる存在が何故ここに来てしまったのか、新天地での新生活において、何故よりによって暗殺家業を始めてしまったのか、その問いに対する明確な答えはありませんが、太陽が無くては輝きを放てない月こそが闇の属性に近づき、闇の能力を備えたのだと考えられるかもしれません。
逆転の設定
デルフィニア戦記にはこれまでの物語において一般的な感覚とは逆転している設定が多く散りばめられていました。「男だったのに女になった」「人間なのに馬よりも速く走る」「13歳の少女が大男を剣で圧倒する」「朴訥で無欲な男が意外に国王として立派」「山賊と国王が友達」「頂点に立つことを拒み続ける大公爵」「大公爵の地位を気にしない地方貴族」「強すぎる馬」などなど。こうした逆転の設定で読者をアッと驚かせることで、ならば大切なことは何だろうかと宝石のように綺麗な何かが浮かび上がってきます。
本巻「伝説の終焉」における大きな逆転の設定は二つあります。「国王が国のために王座を放り出す」「主人と間男が仲が良い」この二つですが、改めて抜き出してみるとなんだかとても凄まじい物があります。
ウォルは元々国王になるつもりなど無く、放り出すといっても案外そのこと自体には抵抗がありません。国王と王妃という肩書きではあるけれど、二人の結婚は形だけのものではあるし、間男たるルゥも友達を探しに来ただけで実際には間男ではありません。
しかしながら、ウォルは嫌々国王をやっていても国を心配していないわけではありません。国が身動きが取れない状況を打破する為の唯一の選択を冷静に判断した結果です。また、形だけの結婚とは言え、男女の関係では無いとは言え、愛しています。ルゥも大切な友達のリィを救うために行動を起こしますが、リィとの関係を見るとまさしく友達以上恋人未満ではあるのですが決定的にそんな関係ではありません。そんな関係ではありませんが、やはり愛しています。
ウォルとリィの出会いから別れに至るまで「お前は何だ」という最初の問いが物語の背後に伏流水のように流れ続けています。そしてデルフィニア王国最大の危機、つまり戦女神たる王妃が敵に奪われているまさにその時、ルゥがウォルに対し自然にさりげなく、しかし重たすぎる質問をします「大切なものは何?」と。ウォルは「タウだ。」と答えますが「これは国王としての判断だ」と言い訳もします。個人としてウォルが出したい答えは別にあるんだなということが痛いほど伝わってきますがそんなことは書かれていません。この行間の広さたるや、彼方地平まで見渡せるのではないでしょうか。
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