児童相談所の現実 - ある少女にまつわる殺人の告白の感想

理解が深まる小説レビューサイト

小説レビュー数 3,368件

ある少女にまつわる殺人の告白

4.004.00
文章力
3.50
ストーリー
4.00
キャラクター
3.00
設定
4.00
演出
4.50
感想数
1
読んだ人
3

児童相談所の現実

4.04.0
文章力
3.5
ストーリー
4.0
キャラクター
3.0
設定
4.0
演出
4.5

目次

虐待小説にみる虐待の現実

本作は第9回「このミステリーがすごい!大賞」優秀賞受賞作です。「このミス」は2002年から始まった比較的新しい賞で、「エンターテイメントを第一義の目的とした広義のミステリー」というコンセプトを掲げています。第一回大賞受賞は浅倉卓弥『四日間の奇蹟』、その後も深町秋生『果てしなき渇き』や海堂尊『チーム・バチスタの栄光』など、映画化やドラマ化を果たす人気作を数多く選出してきました。そんな錚々たる顔ぶれに名を連ねたのが、佐藤青南『ある少女にまつわる殺人の告白』なのです。

児童相談所が虐待に立ち向かう

「わかりました、お話ししましょう・・・亜紀ちゃんについて」。物語は長野県南児童相談所の所長の語りから始まります。亜紀ちゃんという少女が父親に虐待を受けているという事実を得た所長は、「家に帰りたくない」と泣きつく彼女を急ぎ児童相談所に保護しようとします。しかし父親の暴力により亜紀ちゃんを奪われてしまった。そこで、再度亜紀ちゃんを保護すべく尽力する——というのが物語の骨子です。

虐待小説(というと聞こえが悪いですが、虐待をテーマにした小説)といえば、まず思い出されるのが天童荒太の『永遠の仔』ではないでしょうか。児童虐待(性的虐待含む)などの問題により児童養護施設で育った3人の主人公が助け合いながら過去を克服していこうともがく姿が痛々しいほどリアルに描かれていました。また、コミックですが夾竹桃ジン/ 水野光弘の『ちいさいひと 青葉児童相談所物語』も最近では有名です。新聞をはじめとする多くのメディアで取り上げられ、本屋では品切れが続出するほどの反響がありました。これらの作品に共通することは、虐待というものがいかに子供を苦しめているのかということ。そして、被虐待児を救うためにはどれだけの労力を必要とするかということです。

母親の虐待・父親の虐待

しかし、そもそも誰が虐待するために子供を産むでしょうか。女性は妊娠すると、つわりや体形の変化など様々な弊害があります。妊娠は幸せなことだけではなく、精神的にも肉体的にも命がけで挑むイベントなのです。その、命がけで産んだ子供を、誰が望んで虐待するのでしょう。もう少し家族や周りの人の助けがあれば。保育や保険の充実があれば。育児給付などの支援があれば。母親に対する教育があれば・・・。いくつもの虐待小説を読んできましたが、母親の虐待は周りのサポートがあればもっと減らすことができると私は信じています。ですが、父親の暴力は、どうすれば良いのかいまだにわかりません。

児童相談所の現実

では、児童相談所に相談すれば解決するのかというと、そこまで簡単ではないようです。本作では暴力で亜紀ちゃんを奪われた所長がこのように語ります。「男の暴力を前にして、私は怯えておりました。それ以上殴られることを恐れとりました」。大人でも子供でも、暴力は恐ろしいものです。更に、児童相談所が常に人手不足であること、保護者の許可なく一時保護をすることにより様々なトラブルが起こっているという現実もあり、なかなか保護に踏み切れないことがあるのでしょう。2016年3月には、神奈川県相模原市の児童相談所に保護を要請していた中2の男子生徒が、保護されなかったことにより自殺してしまうという事件も実際に起こっています。誰を保護すべきで、誰を家に帰すべきなのか。これは大変な決断であり、疑わしきは全て保護するわけにもいかず、かといって虐待されていないのに保護するのは社会的に問題であり、職員は本当に心を砕いていると思います。本作でも、亜紀ちゃんを救うべく、所長は何度も何度も家を訪ね、職権の限りを尽くして行動します。それでも、二度も亜紀ちゃんを父親のもとに帰してしまうこととなるのですが・・・。

衝撃のラスト

この小説は複数人へのインタビュー形式で進んでいきます。このような手法は「信用できない語り手(英語: Unreliable narrator)」と呼ばれるもので、ミステリーの常套手段の一つとも言えます。一人称で語られる物語は感情移入しやすく、読者は語られることが全て事実であるように誤認してしまいます。しかし、故意であれ記憶の違いであれ、嘘が含まれている可能性があることを認識しなければなりません。特に本作のように、複数人の信用できない語り手がいる場合、必ず話が食い違うことがあります。実際、亜紀ちゃんの妹が死んだのは養育放棄、そして揺さぶられっ子症候群であるという所長の見識は疑いようのない事実であると思われました。それが、亜紀ちゃんが仕組んだことだったのでは・・・という疑念が頭をもたげたところで、物語の中心である亜紀ちゃんが遂に登場するのです。

成人し、結婚もした亜紀は、夫に語ります。「大丈夫だってば。もう手首切ったりはしていないから」「そういえば、一真ったらね、また怪我したのよ」「この前階段から落ちて腕を骨折したときみたいに、お医者さんに掛かるほどじゃないと思う」。このラストの巧妙さ。演出の素晴らしさ。大変に計算しつくされた物語であることを認めざるをえませんでした。正にミステリーの醍醐味を味わえる珠玉の作品です。

あなたも感想を書いてみませんか?
レビューンは、作品についての理解を深めることをコンセプトとしたレビューサイトです。
コンテンツをもっと楽しむための考察レビューを書けるレビュアーを大歓迎しています。
会員登録して感想を書く(無料)

関連するタグ

ある少女にまつわる殺人の告白を読んだ人はこんな小説も読んでいます

ある少女にまつわる殺人の告白が好きな人におすすめの小説

ページの先頭へ