可能性を秘めた名作『あさひなぐ』
部活ではなく武道。薙刀にかける青春
『あさひなぐ』は『スピリッツ』上にて連載中の漫画だ。
『スピリッツ』はジャンルとしては青年誌にあたるのだろうが、『あさひなぐ』は女子高校生が主人公のスポーツ漫画であり、エロもグロも一切ない。
畑違いとも思える場所で連載している『あさひなぐ』であるが、これが実に面白い作品だ。
まず、薙刀という取り上げにくいジャンルを綿密な取材を行った上で描ききっていること。
主人公の旭はどちらかといえば運動音痴で、スポーツものにありがちな”実はすごい才能を持った天才”型の主人公ではないこと。
旭の先輩であり全国クラスの実力を持つ宮路真春、ライバルの一堂寧々と、脇を固める面々がそれぞれ薙刀に対する強い想いがあり、スポーツ漫画としての土壌がしっかりしていること。
これらが、『あさひなぐ』の大きな魅力になっている。
読み飽きない作品
キャラクター、テーマ、どれを取っても良作の『あさひなぐ』であるが、筆者が一番注目してほしいと思っているのがストーリー構成だ。
旭の入部、インターハイ予選の敗北と三年生の引退、初の練習試合に地獄の夏合宿、段位取得に新人戦の真春の敗北、新コーチ就任と宿敵の会する和歌山冬合宿…と、一年の間だけでもこれだけのイベントが旭の身に降りかかる。
薙刀という馴染みの世界を知らない読者にとってはこれらイベントの一つ一つが新鮮に見え、展開に全く飽きることはないという訳だ。
また、旭の成長も『あさひなぐ』の大きな見どころであろう。
背が小さく、運動神経も悪い旭は、部内でも遅れを取る。だが、作中でも様々なキャラに言われているように、旭は”度胸がある”。
特に夏合宿の間、一人で井戸汲みに行かされることになっても、旭は「確かなこととはなんでしょうか?」と自問し、「この瞬間はわたしだけのもの」と結論づけ、一見無意味なことをサボることなくやりとげる。
この愚直なまでのひたむきさが、読者の目を惹き付けてやまない。やがて旭は二ツ坂高校薙刀部の準エース級の実力を持つまでになり、真春が事故で棄権した後のインターハイ予選を引っ張ることになるが、その結果がわかるのは2016年2月の連載段階では、まだ先のこととなる。
旭のことだけでなく、二ツ坂高校薙刀部を中心に、人間ドラマをしっかり描いているのもポイントだろう。
剣道部から逃げる形で薙刀に転身し、二ツ坂のエース候補となった八十村将子や、生来のわがままと飽きっぽさから一旦部活を辞めるも復帰し、部長となった紺野さくらといった旭の同級生陣。また、新人戦で敗北し自らの道に惑う絶対エース宮路真春や、その真春を下しながらも故郷・熊本と仲間たちへの想いを捨てきれず迷走する一堂寧々など、各キャラクターそれぞれの思惑があり、彼女たちがどうなっていくのかも大きな読みどころの一つになっている。
引き込まれる薙刀の奥深さ
飽きのこないストーリー構成と人間らしいキャラクターが魅力の『あさひなぐ』であるが、薙刀をメインテーマにしている物語だけあって、薙刀の試合風景も見逃せないポイントだ。
読者諸兄のなかでも、薙刀に造形の深い人はさほどいないだろう。
筆者ももちろんその一人で、『あさひなぐ』を読むまでは薙刀のルールも全くわからなかった。
だが、『あさひなぐ』は薙刀初心者にも極めてわかりやすく読める作品だ。有効打突があれば一本、というところは剣道と共通するところがあるから薙刀初心者でもなんとなくわかるが、間の重要性や各選手の上手い下手はどこで分かれるか、という未経験者には理解が難しいところまで、『あさひなぐ』はしっかりとフォローしている。
例えば旭は身長が低いから面を狙われやすく、逆にスネは狙われにくい。部長の野上は薙刀の実力こそ大したことはないが、団体戦の強敵相手では引き分けを狙いにいくため相手の近間に入る…など、「なるほど、そういうことか」と読者が理解しやすいような物語の展開をしてくれる。
また、各キャラクターの強さをしっかりと考慮した上で、対戦相手との試合運びがどうなるかをちゃんと計算してくれるのも嬉しいところだ。真春は常に勝つが、相手によって二本勝ち、段位を持つような相手だと一本勝ちになるなど、団体戦のその後の展開も、作者は視野に入れている。これは読者に先の試合展開を予想させる楽しみを与えてくれるだろう。
画力こそ上手いとは言い難いが、大変見やすい作画になっていて、構図も工夫されており、試合中に面をつけていても誰が誰かちゃんと判別できる。こういった読者に配慮できる才能が、作者こざき亜衣の大きな魅力となっている。
掛け値なしの名作だが、気になるのは今後の展開
文句なしの面白さを持つ『あさひなぐ』だが、正直、この作品の知名度が低いことが本当に惜しく感じる。
構成といいストーリーといい、『あさひなぐ』は漫画だけ終わっていい作品ではない。といっても、一読者の力ではいかんともしがたいのが現実だ。
同誌連載中の『アイアムアヒーロー』が映画化することだし、『あさひなぐ』もドラマ化しないかなぁ、と筆者は切に願っている。
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