吉田兼好は普通のおじさん
兼好法師ってどんな人?
兼好法師という名前を聞いたことのない人はいないのではないかと言えるくらい、兼好法師は有名な人物である。古典の世界で有名な人物と聞くと、とても立派な人物だったように思えてしまうが、そう考えてしまうと古典文学をおもしろく読むことは難しくなってしまう。特に随筆は、筆者の考えがダイレクトに出てくる。では、兼好法師とはどのような人物だったのか。
兼好法師の家柄はよく、祖先を遡ると神話の世界の人物にまでたどり着くようです。もともとは神事を司る家柄でしたが、兼好法師の生まれた時代にそれはうやむやになっていました。兼好法師は三男として生まれました。この時代の三男は家督を注ぐ立場ではなく、中途半端な立ち位置で、出家する人もたくさんいました。
兼好法師は30才くらいまで宮仕えをして、その間に詩歌管弦をたしなみ、数々の恋愛経験もあったようです。今の人と同じように、仕事に失敗して落ち込んだり、昇進して喜んだり、好きな人に恋こがれたりしていたのです。30才ごろから隠居生活を始めますが、兼好の家は比較的裕福だったので、生活費はそこから出ていたようです。昔は仏門に入るということに関する決まりが緩やかだったため、法師と名乗っていても、寺に籠る必要はなかったようです。
仕事はやめたし、お金は家からもらえるし、その上独り暮らしという悠々自適な毎日を送ることになった兼好法師。その彼のもとには、徒然草を読んでもさまざまな人が訪ねてきたり、兼好法師自身が誰かの家に行ったりという記述が散見されます。隠居というと、俗世間を嫌って離れるという印象がありますが、兼好法師は俗世間から離れる気はなかったようです。むしろいろいろな人物の噂などを書き留めたりしているので、俗世を楽しんでいる感じがあります。兼好法師はいろいろな人と話すの大好きで噂も大好き。かなり気さくな性格だったようです。また、自分を夜ひとり残していなくなってしまった友人に対して、「そんなもんか」と思えるおおらかなところもあります。徒然草の中に出てくる良くも悪くも癖のある人たちを、兼好法師は批判的に見るのではなく、面白がっていたと見ると、また違った見方ができるかもしれません。
謙虚すぎる冒頭
徒然なるままにから始まり、あやしうこそもの狂ほしけれで終わる冒頭文。暗記をしたという人も多いでしょう。この冒頭は、読者にたいしての言い訳になっているように思えてなりません。それを順次解説していきます。
まず、冒頭の「徒然なるままに、日暮らし、硯に向かいて」の部分ですが、「いや、もうとにかく超暇だったから何か書こうと思って」と、そんなに力を入れて書いた文章ではありませんよ、暇だったから書いただけの文章なんですよという言い訳のような表現にとることができます。
続く「心に移り行くよしなしごとをそこはかとなく書きつくれば」ここではほんとに思いつきでぱっと頭の中に浮かんだものを書いただけでそんなに大したものじゃないんだというニュアンスを読み取ることができます。
しめの「あやしゅうこそものくるほしけれ」は、おかしな気分になった時の文章だから、あんまり真剣にとらないでねというメッセージがあるように思われます。
「いやもうね、暇に任せて心に浮かんでくることをなんとなく書いただけだからそんなに大層なことは書いてないんだよ。なんか、自分の中で盛り上がってへんなこと考えちゃってるかもしれないし。だからそんな軽い気持ちで読んでよ」兼好法師はこんなノリで冒頭の文章を聞いたのかもしれません。
普通のおじさんの文章としての徒然草
兼好法師は、お酒が全く飲めない人もどうかと思うよとか、ものをくれる友達はいい友達だとか、偉人として読むと裏があるのではないかと思ってしまいたくなるような俗っぽいことも言っています。また、自身が見聞したいろいろな人のおもしろい話や感心する話などものせています。
しかし、やはり文学として優れているのは、病気や死に対する考えが随所に見られるからでしょう。生き方に対しての考察も多くあります。現代の我々も、普段は仕事やプライベートのことで頭がいっぱいであっても、ふっと隙間があいたときに生死などについて考えてしまうと瞬間があります。
兼好法師も、達観していたから生死や生き方について書いたのではなく、自分の問題として、生死や生き方を考えて書いていたのです。
人に媚びへつらうことの愚かしさや、いつかは死ぬのだということを強い文体で聞いている箇所がありますが、兼好法師自身がもそこに大きな感心を持っていたのでしょう。
仕事をやめての悠々自適なセカンドライフ。そこで友達とお茶やお酒を飲みながら噂話に興じる。独り暮らしで、なんら不自由なこともない。でもたまにふと、死の恐怖や人間関係の煩わしさが目の前に迫ってきてうんざりするけどそんなときはまた違うことをやって気をはらす。そんな兼好法師を、私たちは勝手に崇高な人物と考えてしまうけれども、じつはごくごく普通のおじさんで、私だちとの共通点もたくさんあると思うと、またちがった味があるかもしれません。
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