「つながり」が生む謎、解き明かすバリスタ。 - 珈琲店タレーランの事件簿の感想

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珈琲店タレーランの事件簿

4.004.00
文章力
2.00
ストーリー
3.50
キャラクター
4.50
設定
4.50
演出
2.50
感想数
1
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「つながり」が生む謎、解き明かすバリスタ。

4.04.0
文章力
2.0
ストーリー
3.5
キャラクター
4.5
設定
4.5
演出
2.5

目次

珈琲店 タレーラン コチラ☟

「珈琲店タレーランの事件簿」は、読む人によっては、少々文章がくどいと感じるかもしれない。それほどまでに主人公の心情やキャラクター、状況の描写が細かいからだ。しかし、その描写が、読む人をタレーランの世界に誘い込んでくれる。

タレーランとは、この物語の舞台である京都、その小路の一角にある珈琲店の名前だ。そこのコーヒーに魅せられた常連のアオヤマと、その魅力的なコーヒーを淹れるバリスタ、切間美星が送る、楽しく、不思議で、ほんの少しの怖さが味わう素敵な物語だ。

引き込まれるキャラクター

この本で最も評価されるべき点をひとつあげるなら、それはキャラクターだ。作者が描く、それぞれのキャラクターは、簡単には説明できない過去や秘密を持ち、それぞれの背景を持っている。

切間美星、バリスタ ─趣味、謎解き

タレーランのバリスタである切間美星(以下バリスタ)は、この物語の中心人物だ。日常に転がる謎を、コーヒーミルと共に、さらっと解いてしまう頭脳を持つ。彼女の描写は、おそらく作者が最も力を入れたはずだ。そうでなければ、その魅力が説明付かない。ただの可愛らしい女子高生かと思えば謎を解く聡明なバリスタだ。圧倒的な推理力や知識量を持つ探偵役の彼女が、時折見せるコミカルなかわいらしい仕草は、読者のハートを鷲掴みすることうけあいである。

「つながり」の物語として、読む。

タレーランに訪れる人々に、ふつうの人はいない。それぞれに特徴があり、過去がある。それぞれにしっかりとした味がある。キャラクターそれぞれが、互いに影響し合うことで、謎が生まれ、時には大きな事件となる。色々な背景を持つ人々が、タレーランを中心に混ざり合いブレンドされることで、素敵な深い味を醸し出している。それがこの物語の魅力なのだろう。

最愛の妻を亡くし、悲しさナンパで埋める藻川又次(おじいちゃん)

他者に心を開く恐怖を知ったバリスタ・切間美星。

父親を死なせてしまった切間美空。

秘密を抱えてタレーランに通うアオヤマ。

自分の浅はかな選択に後悔する女、虎谷真美。

家にも学校にも居場所がない小学生、健斗君。

物語に登場する誰もが、それぞれの背景を持ち、どこか歪んだ部分を持ち合わせている。人間同士の思惑と行動がふいに絡み合うことで、いつもの生活に、ささいな謎が生まれ、タレーランに転がり込むのだ。タレーランという喫茶店は、人と人との「つながり」を作るところでもあれば、「つながり」を解きほぐす場所なのかもしれない。

バリスタの過去

このシリーズの第一作目、「珈琲店タレーランの事件簿 また会えたなら、あなたの淹れた珈琲を」この終盤には、バリスタの過去の事件が明らかになる。客に対して、必ず一線を引く態度のバリスタ、実はかつては明るく天使爛漫な性格だった。社交的で、どんな客にも積極的にかかわっていた。そして、そんなバリスタの前に、客として胡内という男が来店し、事件が起きた。

彼は、他人とは基本的に関わらず、また周囲を彼とは関わりたくない、そう思わせるような、見た目をしていた。しかし、彼女は違った。どんな客でも分け隔てなく接するバリスタは、もちろん湖内に対しても積極的に関わろうとした。おそらく、胡内にとって、それは初めて受け取る周囲からの、好意的なアプローチだったのだろう。バリスタと湖内の距離は、次第に縮まり、胡内はバリスタに対して、今まで開いてこなかった、心の重たい扉を開こうとしていた。あくまで客として接していたバリスタと、開いたことのない心の扉を開いた胡内。その温度差は、なかなかに大きかったはずだ。胡内はバリスタに異性としての好意を示し、バリスタはそれを拒否した。

─人の心をもてあそびやがって。

その後バリスタに何が起きたのかは、読者の知るところだろう。胡内はバリスタに裏切られたこ感じ、本人曰く「制裁」を行った。人の心をこじ開けて、その上で傷つけていたと悟ってしまったバリスタは、それ以降内向的になり、一時は精神的にも苦しい思いをした。客とは必ず一線を引くようになり、めったに笑わなくなったそうだ。

胡内は逆上したのか。それとも…

本人曰く「制裁」は、やはり逆上だろう。本人はなんだかんだ、理由をつけて正当化していたようだが、少なくとも彼がとった行動は間違いだ。まさに全然違うと思う。

─だってこいつ、散々もっともらしいこと言っておいて、結局はふられたことを根に持ってるだけじゃない。

─中身もないくせして、プライドばかり高いから、自分をふった女が許せなくなるんだわ。

物語終盤で、暴行を加えようとした胡内に華麗な一本背負いを決めた虎谷真美の言葉である。多少言い過ぎにしても、その通りだと思っている。

確かに、異性に対して心を開いて好意を伝える。平たく言えば「告白」は、勇気ある行動だし、断れれば、そうとう傷つく。特に胡内の場合、自分に対して心を開いてくれる女性に出会ったのは初めてのことで、いわば「初恋」だったのだろう。

私の独断と偏見と、この世にあふれる一般常識で言えば、たいていの恋する男は、気持ち悪く、奇妙な行動をとる。それが初恋ならなおさらだ。

胡内のような人間は、案外多くいる。学生時代に恋愛感情を持たなかった男はさほど珍しくない。それがいけないといいたいわけではないが、行動力、体力、そしてプライド。これらがある程度身についてしまった男が、初めて恋に溺れて、暴走する危険ははらんでいると思う。

よく男も女も、失恋して成長するという。失恋したからと言って、成長するわけでもないが、初恋の場合、成功にしろ失敗にしろ、学ぶことは多い。たいていの男は自分の行動を振り返り、死にたくなるものだ。早めに失恋を経験していたのなら、自分の行動をまあまあ客観的にみられるだろう。自分の失敗に対策を立てられるし、自分を真剣に見つめなおして、磨こうとする。実際、胡内は、事件の後、自分なりに訓練し、社交的な男になっていた。自分を見つめ直した結果なのだと思う。

周囲の人間が胡内と関わろうとせず、また、胡内の周囲と関わろうとしなかった。だから、自分の殻を破るきっかけもなく、破られることもなかったのだろう。きっと多くの人が、胡内と違う点は、周囲が早い段階で、関わるきっかけをくれたからだろう。そこで多くの失敗をして、経験値を積み上げたからこそ、彼を指さして、「狂っている」と考えることができる。

胡内にはその経験がなく、プライドが高すぎたのだろう。そのために一つの失敗でこじれてしまい、事件も大きくなった。その点を考えれば、かわいそうな人でもあったのだろう。

バリスタは心をもてあそんだか。

そんなことはないはずだ。少なくとも悪意はなかったことは明白だ。しかし。現実問題として、胡内はバリスタのとった行動により、傷つけられた。そのことをバリスタも理解してしまったために、強く傷ついた。

しかし、胡内が主張するように、心を開き、傷つけることはそんなに悪いことだろうか。もちろん傷つくと痛い。心を開いていたのならなおさらだ。しかし、「断るのなら、なぜ心を開かせた。」とは思わない。ただの逆恨みだ。

先ほども述べたように、人は失敗し、経験するから成長できるのであり、最初からすべて上手くいくわけではない。「きっと私を受け入れてくれる。」そう信じて行動すればうまくいくときもあるだろう。しかしたいていの場合それは相手の負担になるし、失敗した際、信じた側は「裏切られた」と怒り出す。「人の心をもてあそびやがって。」と、言った風に。

胡内は確かに悪いが、運がなく、人に恵まれなかったのだと思う。そのせいで、人を極端に信じてしまい、行動した。その結果「裏切られた。」と感じ、暴走した。だからといって、自分を正当化し、人を暗闇で襲うことを選択したことは許されない。願うくば、ショックで家で寝込み、ふて寝くらいで済ませておいてほしかった。そして、自分を見つめ直して立ちなおり、バリスタを見返せるように頑張ってほしかったと思う。

したがって、私は心をもてあそんだとは思わないし、結果として、もてあそんでしまったのだとしても、非難されるべきではないのだと思う。綺麗ごとだが、それが今のところの結論だ。

 

─また会えたなら、あなたの淹れた珈琲を

第一作目のサブタイトルにもなっているこの言葉だが、アオヤマの正体が分かれば、その意味も変わってくる。最後の仕掛けを読んで、この作者は最後までよく隠したものだと感心した。客と店員、バリスタとバリスタ、助手と探偵、二人の関係がどうなっていくのか、シリーズの完結していない現在ではわからないが、一読者として楽しみだ。

物語に描かれる不思議な喫茶店「タレーラン」そこに理想のコーヒーと、少しの謎が、いつまでもあり、私もあなた方が淹れる珈琲を飲めることを、期待している。

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