静かに伝わる恋情と旅情のマリアージュ
過去の過ちを抱えた男女のストーリーが静かに進みます
誰にでも過去の過ちは存在すると思います。円満に暮らし、子どもが独立した夫婦でも心が離れる時期があり、他の異性が気になって取り返しのつかない行動をしたりして、更に夫婦の結束は固まるのです。過去の過ちを懸命に払拭しようともがくのです。どのような結末が待っていようと、いっときの幸せしか感じられなかろうと、世の中に男と女が存在する限り、人々は欲求不満を覚え、嘆き、誘惑に負ける、後悔する、を繰り返していくのだと改めて思いました。一人の男(大介)をめぐって年齢も社会的ステータスも異なる二人の女性が静かな争い、駆け引きを繰り広げていきます。一人はツアーコンダクターとして仕事に励み、あまり恋愛経験が無く、裕福な家庭で育ってきたお嬢様系の女性で曇りがありません(美里)。もう一人はバリバリのキャリアウーマンでセレブ、子どもがいるシングルマザー、いわゆる肉食系で恋愛経験もあり駆け引きも上手ですが、どこか謎めいた女性です(亜稀子)。恋愛には不器用ながらも懸命に男性を好きになるとはどういうことか真剣に悩みながら翻弄されていく姿に共感を覚えます。現代と違って携帯電話も無い時代背景なので、誤解が生じてもなかなか弁明が解けません。待ち焦がれても、想い人がどこで何をしているのか会わない限り分かりません。そんなときの流れにもどかしさを感じてしまいますが、逆に思いが深く伝わってくるのです。
恋わずらいと旅情は一心同体
一人は世界各地をを旅するツアーコンダクター、もう一人はニューヨークに住居を構え日本と往復をくりかえすセレブ、この二人の女性の立場がらか、雪景色の美しい平泉、華やかでどこかに陰りのあるニューヨークなど舞台が多く、旅情をそそられます。作者の平岩弓枝さんご本人が国内外問わず旅行好きで、情景描写にリアリティを感じます。その場に行ったことが無くても、自然あるいは街を背景に男女が絡み合う息吹が伝わってくるのです。行く先々で出会いがあり、日常から離れているからこそ普段は目をそむけていることに考えを巡らせてしまったり、あるいは過去の傷を癒そうとしたりできると思うのです。特に携帯電話の無い時代なので、悩みや思いをすぐに伝えられる環境ではありません。仮に出張が一週間だとすると、その期間ずっと悶々と悩み続けなければなければならない状況だからこそ生じるすれ違いは今の時代からは想像しがたいですが、想いはよく津川って来ます。また、登場人物の目を通して見える情景の描写が素晴らしく、旅情をそそられます。旅先でも男女のもつれ合いのシーンがあるので、『恋わずらいと旅は一心同体』と言っても過言ではありません。
愛する人の幸せを願う男性の清々しさ
前述した3人の男女の他に、六郎という美里の幼馴染も登場します。女性と共に幼少のころから成長し、ずっと見守ってきながら、いや、ずっと見守ってきたからこそ異性として意識するのが遅れ、告白もできなかった一途な男性です。美里が自分以外の男性に恋をしているのにも関わらず相談に乗り、大介と中々結ばれない彼女がおかそうとした過ちを理性をもってと止めてくれます。好きな女性にいっときの感情で迫られても、その女性の幸せを思うあまり自分を抑えるのです。いわゆる恋愛テクニックや人を陥れることを決してせず、ライバルと言える大介を呼び出して自分の美里に対する思いを面と向かって告白する姿は清々しいぐらいです。最後は病気で悲しい終末を迎えるのですが、たとえ自分本人が美里を幸せにしてあげられなくても、大介と共に幸せな道を歩んで欲しいと切実にうったえた彼の手紙は心をうたれました。学生の頃、自分の好きになった人には恋人が必ずいて、その人を恨めしく思ったこともありましたが、相手を愛するからこそ自分の身を引く恋というのもあるのだと、六郎の姿を通して感じました。おこがましい言い方なのかもしれませんが、年齢だけでなく精神的にも大人になれた気分です。
過去の過ちを乗り越えて
「人の生涯には、とり返せる失敗と、とり返せない失敗がある。後悔しても、なんとも致し方ない」というセリフがあります。不倫、犯罪などいわゆるとり返せない失敗の尺度は人それぞれだと思いますが、大事なものを諦めらめて一生後悔したり、いつまでも囚われてしまうのは同じです。性別は社会的ステータスは関係ありません。自分でお金を稼ぐ力があり、美貌もあって自信に満ち溢れている亜稀子ですら、過去に道ならぬ恋をした相手の大介に、醜いと思えるほどの未練がましい行動を取ったりします。それでも人間は命ある限り生き続けなければならなく、幸せ(そもそも幸せの定義が分からないという方も多いのではないでしょうか、私もその一人です)とは何なのか、無意識のうちに求め続けるのです。過ちを犯した自分の過去を見つめ、反省し、乗り越えていくことの気概を持つことが大事とこの本は訴えているような気がしてなりません。そして自分だけが不幸だと思わず、自分だけが幸せになろうとするのではなく、自分が幸せになることで誰かも幸せになるという周囲の人に思いやりをもつことを促してくれています。
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