人々の暮らしに捧げた女性の堅実な人生
素敵な主題歌
宇多田ヒカルの歌った主題歌「花束を君に」が良い。母となって活動を再開した宇多田が歌うこの歌は、優しくて切ない。彼女の母に捧げた歌だそうだが、ドラマのイメージともよくあっていて、宇多田ヒカルの澄んだ声が心に響く。この主題歌にあわせて流れるオープニング映像が、また良い。青い服を着た少女が、ヒロインの高畑充希と共演する形で作られた映像を製作したのは、辻恵子という切り絵作家である。オープニング映像も朝ドラの良し悪しを計る重要な要素であろう。とと姉ちゃんのそれは、ここ数年の朝ドラのオープニングの中でもピカイチであると、私は思う。
「暮らしのヒント集」
とと姉ちゃんこと小橋常子のモデルとなった大橋鎮子が人生を尽くした出版社である、暮らしの手帖社が発行した「暮らしのヒント集」という本がある。この本は私の愛読書で、いつも手もとに置いておきたいお気に入りの一冊である。「暮らしのヒント集」には469個のメッセージが収められている。心が少し疲れた時、あるいは、何かに迷ったときにヒントとなる言葉が綴られている。何度読み返しても、その時々によって違った言葉のように受け取ることができる。些細な、ちょっとしたことを丁寧に扱う、とと姉ちゃん達が大切にした言葉の数々が収められている。
星野武蔵との出会い
一生を仕事にかけた常子だったが、そんな彼女にも素敵な出会いがあった。帝国大学の学生であった星野武蔵という素朴な青年に、恋心を抱く。結局、恋は実らなかったのだが、大人になった二人は再会し、もう一度惹かれあう。彼女は、彼の妻となりその子供の母となる決心に揺らぎながらも、星野との結婚を願うが、二人は別れることを選ぶ。これも常子の運命なのだろうか。彼女にとって彼との再会は最大の岐路だったのだろう。女性にとって結婚、出産と仕事との両立は、永遠のテーマなのであろう。専業主婦がほとんどであった昭和の時代に、常子のような仕事に人生をかける女性は希な存在であった。女性の就業が当たり前の現在でさえ解決の難しいこの悩みに常子もぶつかったのだった。
賢い三姉妹
常子の母親小橋君子は、大変な苦労をする。君子は実母との確執を持つという頑固な一面がある。常子が父親の変わりになるといっても、働いて稼げるようになるまでは、母親が何とかしなくてはいけないのだから。常子の母は、どんなに辛くて忙しくても、丁寧で妥協しないというイメージがある。母親の生き方、育て方が三人の娘を賢くさせたのだろう。また、三人ともとても言葉使いがきれいである。平塚らいてうとの出会いなども、彼女達を賢く自立した女性へと導いたに違いない。
花山伊佐治という人
ドラマの後半に鍵となる花山は、一言でいえば偏屈な人である。ドラマの中でも、彼の変わりぶりが見られるのであるが、それを演じているのは、唐沢寿明である。彼の目力は、花山の個性を現しているようで、適役だと私は思う。花山伊佐治こと花森安治は、とても素敵な可愛らしい絵を描く人である。彼は、東大出身の天才編集者だというが、どうしてあのような頑固な人が、優しいタッチの絵を描くのだろうかと、不思議で仕方ない。ドラマの中でも、彼が雑誌の表紙のイラストを描くところが出てくるが、とてもこだわりを持っている。常子と「暮らしの手帖」をつくる師匠であり、同志である彼は、とても仕事に厳しい人である反面、家庭では穏やかな夫であり父であるという。そのあたりに彼の優しい絵を描く秘密が隠されているようである。
とと姉ちゃんと仕事
常子は、強い人である。父親の代わりになると誓った彼女は、家族のために自分を犠牲にしても、荒れることもなく、着実に働きつづける。仕事のために結婚も諦めなければならなかったが、それは、自身が選択した道である。女性のより良い暮らしのために、雑誌を通して情報を発信し、現在日本の女性の自立につながる道を、引っ張ってきた人とも言える。彼女は良い雑誌を作ると同時に、それを売れるものにするという努力にいそしんだ。タイピストや貸本業など活字に関わる職業を経て、編集社を設立するのだが、商売人としての意識にも長けていたのだろう。常子のモデルとなった大橋鎮子は、人と会うことが楽しみだという。バイタリティにあふれ、花山に怒鳴られながらも、着実に前へ進もうと努力する彼女は本当にたくましい。もし、星野とあの時結婚していたら、どんな人生を歩んでいただろうか。幸せな暮らしとは何か。改めてこのドラマを振り返ってみると、人生の本質を語るテーマが流れていたことに気づいた。日々の暮らしを楽しく送るヒント、それを問い直すドラマだった。人生をかけることのできる仕事と人々に出会った小橋常子の人生は、きっと幸せなものだったのだろう。そして、このドラマを見て、私も日々の暮らしを大切にして、良い人生にしたいと改めて考える機会をみつけることができた。
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