単なるタイムスリップものではない、切なく美しい物語 - 11/22/63の感想

理解が深まる小説レビューサイト

小説レビュー数 3,368件

11/22/63

4.004.00
文章力
4.00
ストーリー
4.00
キャラクター
4.00
設定
4.00
演出
4.00
感想数
1
読んだ人
1

単なるタイムスリップものではない、切なく美しい物語

4.04.0
文章力
4.0
ストーリー
4.0
キャラクター
4.0
設定
4.0
演出
4.0

目次

タイムスリップする先の時間が固定するということ

この小説はタイムスリップできる先はいつも1958年9月9日AM11時58分に固定されている。そしてそこで何日何年過ごそうと現在に戻ってきても2分しかたっていないという魅力があるが、その過去で過ごした年だけは確実に年をとっているという設定である。このような設定で大統領暗殺阻止という大役をよくわからないまま引き受けた男ジェイク自身の経験を、後日自ら筆をとって小説にした形で文章が書かれている。このいわば「小説風」にしたおかげで、今のジェイクの立ち位置や感情が過去と現在同時にうまく描写されている上、ジェイクが既に過去からは去っていることも示唆している。
タイムスリップ先がいつも同じ時間である設定から、「オール・ユー・ニード・イズ・キル」や「ミッション8ミニッツ」のようなタイムリープ系を想像してしまうけど実際そうではなく、タイムスリップした時間から5年も先に大統領が殺されるのを阻止するためには少なくとも5年は過去に滞在しなくてはならない。1958年の9月9日を何度も体験することはできても、5年を何度も体験するわけにはいかない(5年は年をとるわけだし)。過去に行き現代に戻り、もう一度過去に戻ったら過去でやったことはすべてリセットされる。そのためうまくやりおおせるためには、一度でうまく全てを成し遂げないといけないというスリリングさが、読み進めていくにつれジワジワと頭にしみ込んでくる。それは想像するといささかぞっとする話だ。

古きよきアメリカ 1950年代

この時代の美しさや味わい深さは様々な映画でもよく観ることができる。「バックトゥザフューチャー」シリーズだとマーティが初めて乗ったデロリアンでタイムスリップしたのは1955年だし、最近観た「遠い空の向こうに」の時代は1957年だった。こういう映画で観た風景や人々のイメージが重なりあい、この本の時代のすっと頭に想像できる。この本の場合はその良さ(食べ物や人間関係、車や街並など)が緻密に描写されており、特にハンバーガーやデザートは食べてみたいと思わせるものだった。
ジェイクは現代では教師として働いていた経験を生かし、過去でも教師となって周りに溶け込む。現代での教育思念を持つ彼は過去の学校ではいささか過激気味だったのかもしれないが、そういう人柄に夢中になるのは現在も過去も変わりないようで、少なくない人々が彼を愛するようになる。生徒はもちろん、そこで見つけた永遠の恋人になるセイディーも。
ここで2人の間を決めたダンスの曲がある。グレン・ミラーの「in the Mood」なのだけど、何度も出てくるのでYoutubeで見てみたらまさかのあの曲で、ちょっとイメージが違った。…の文字の多用さからすっかりムーディな曲だろうと勝手に思っていたのだけど(ダンスの激しさから見るとそれだけではないとも感じたけど)、それでもイメージが違ったことはマイナスにはならなかったのは幸いだった。
過去にある全てを愛し、生きがいを見出し、恋人とまで出会い、もう現代に帰らないことを決めたまでのくだりは、本当に幸せそうで人生を謳歌している様がついこちらの顔までも微笑んでしまうような感じだった。でもそんな幸せは長く続かないだろうということは誰もが想像できる。
ところで、ジェイク(過去ではジョージと名乗っていた)が当時のアメリカでは学校図書から除外されていた名作「ライ麦畑でつかまえて」を戻すべきだと弁をふるうところがある。あの本は私の知っている最高傑作である小説のひとつであり内容も知っている分、こういうのがでてくるとちょっとうれしくなったりもした。

二重生活がばれた時の喪失感

恋人とも会いながらも、大統領暗殺を阻止するためにリー・オズワルドを見張っているような二重生活がそうそうばれずにうまくいくはずはない。案の定セイディーから疑いの目を向けられるようになった彼のあのもどかしい感じは、ついつい感情移入してしまった。何も悪いことはしていないのに説明の出来ないつらさは、誰しもあるところだと思う。ついにあれほど周りと愛と信頼にみちた関係を気付けていたのにそれが破綻してしまい、誰も味方がいないような状況になってしまった時の切なさは想像にあまりある。唯一最後まで(セイディー以外に)信頼をおいてくれていたディークの人間味は、どこを読んでも慈愛あふれており、その反面、学校という舞台がら規律を重んじる面々の頭の固さなどが際立ってくる。あのあたりの描写はそれまでが愛にあふれていた分、切ないものだった。
ところでリー・オズワルドは、その過激な共産主義ぶりやその異常さも細かく描写されているが、どうしても頭で想像してしまう彼の姿はゲイリー・オールドマンになってしまう。顔かたちも詳しく描かれているのにどうしてもそれは彼に固定されてしまっているのは、もちろん「JFK」での彼の演技の良さならではなんだけど、やはりここはキングの描くオズワルド像を想像してみたかったとは思う。

日本人だからわからないこと

なのかどうかわからないけど、でもどうして大統領暗殺を阻止することにそこまでできるのかが本心から理解ができなかった。もちろん殺人をとめることに意義がないわけではないのだけど、ここまで自分が幸せに生きているのにそれを全て投げうってまで(そのために過去にやってきたとしても)できるのかが、実感としては理解できなかったのは日本人だからというよりは、アメリカ人ではないからかもしれない。結果大統領暗殺は阻止できたけど、代わりにセイディーを失ってしまった。ここのシーンは本当に涙が浮かんだ。でも現代に戻ってなんとかすれば生き返るのかもしれないと思ったりしたけど、現代に戻って過去にもう一度来た瞬間すべてはリセットされてしまう。もちろんセイディーとの愛も。このあたりは切なすぎる展開だった。

素晴らしいラストに向けて

全てを成し遂げ現代に戻ったジェイクは、もう一度過去に戻る決意をしながら現代に戻る。そしてその変わり果てた様を目にするのだけど、この変わりようが政治のせいだけでなく地球自体が崩壊していっているような、そんな印象を受ける。「最終兵器彼女」でちせが言った地球の終わりの日のような赤く不吉なイメージで、ジェイクは自分がやったことが与えたダメージを知る。もちろんリセットされているのを覚悟で過去に戻るために現代に戻ったときには、自分のためだけにセイディーを助けようという思いだけだったに違いない。でも自分のやったことの代償(という言い方は正確でないかもしれない。彼は何も私利私欲のために大統領を助けたわけでないし)のために歴史を変えずに過去に戻ることを決意する。現代を元に戻すためだけに。
リセットされた世界ではセイディーは死ぬことはない。でも元夫に襲われた事件の時は自分が助けた以上、その時に彼女が殺されるかもしれないという危惧があったけど大丈夫だったのは、歴史はそう簡単には変わらないということか。
セイディーとはもう会わない。そう決めた彼の悩み苦悩する様はつらく重々しく、読み進めていくのがつらく感じた。ここまで読んできていると、私もセイディーのことが好きになっていて(ヒロインを好きになれない小説がどれほど多いことか!)本当にうまくいってほしかった気持ちがラストで報われた。まさか現代でセイディーと出会えるとは!もちろん80歳近くなっているのだけど、まだ愛らしさが感じられジェイクのあふれるような笑顔が想像でき、最高のラストだった。
この小説は5cmほどの厚さの単行本の上下巻で、しかも内容は2段書きという超大作だったのだけど、最後まで飽きずに読みきることができた。キング自身のあとがきによると、この本を書き始めたのはなんと1975年のころだったという。発行が2013年だから相当寝かせられていたのだろう。それもこの本の内容に重みを与えているのかもしれない。

あなたも感想を書いてみませんか?
レビューンは、作品についての理解を深めることをコンセプトとしたレビューサイトです。
コンテンツをもっと楽しむための考察レビューを書けるレビュアーを大歓迎しています。
会員登録して感想を書く(無料)

関連するタグ

11/22/63を読んだ人はこんな小説も読んでいます

11/22/63が好きな人におすすめの小説

ページの先頭へ