父と娘の日常、普通の日常
成年向けの大御所が描く健全な女子中学生の日常
関谷あさみ、といえば知ってる人は知っているある分野に特化した、まあぶっちゃけロリエロ漫画の大御所である、
その関谷先生が一般誌で連載した今作は女子中学生の女の子とお父さんの二人暮らしの日常を描く作品だ、第1話では主人公の詩万(しま)ちゃんが初潮を迎えた夜のおはなしである、
ここまでである一定の層はよっしゃきたぜと興奮し、その他の人はああそういう系……と眉をひそめたかもしれない。
しかしこの作品は全くもって健全だ。
1話の流れはこう、一人で下着を洗濯して片付けようとした詩万だが父親の千広に気づかれてしまう、気遣う千広だが詩万はそっけない態度をしてしまう。次の朝、詩万は少しツンツンだけどいつものような態度で(素直になれないけどいい子なんだよ)千広はホッとする。しかし朝食中貧血でテーブルに倒れこんで目玉焼きの皿に思いっきり顔を突っ込んでしまう、それを見た千広は笑いをこらえながらパシャ。
このオチは本当に好き、さまざまな事件はおおごとであっておおごとでない、日常に組み込まれた出来事なのだ。
本当に普通の日常
父親の千広はスマホで情報を探しなら「年頃の女の子むずかしー」と頭を抱えている。
娘の詩万は家事が面倒くさいとダラダラしたり細かいことで悩んだり怒ったり。
呆れるほどにどこにでもいそうな「普通」の親子である。
100円ショップでマニキュアを買いワクワクして、ピザ屋への電話注文でド緊張して、好きな男の子に彼女ができて泣きながらコンビニのスイーツを食べる。
このあるあるネタともいえるリアリティーは女性作家ならではかもしれない。
日常の女の子
そんな普通の世界の女の子たちだがこれがまた可愛い、普通だからこそ可愛い。
萌え系日常にありそうな女の子同士でのキャッキャシーンや着替えシーンやラッキースケベは皆無だが、あざとくデフォルメされてない良さがそこにある。
関谷先生の作風は悪く言えば地味だ、しかしそんな地味差が良さに感じられるのは女の子の可愛さとそれを表現しきった画力だろう。
おお凄い!と目を引く派手な作画ではないが、安定したデッサン力と表情の豊かさがある。
詩万ちゃんの「怒り顔」だけで何パターンあるんだろう、ムッとした顔、軽蔑した顔、呆れている顔、本気で嫌がってる顔、デフォルメでカンッカンに怒ってる顔、……等々どれも可愛らしくお見事、LINEスタンプにしたい。
ほかの登場人物ももちろん可愛い。
詩万ちゃんのお友達のお団子ちゃんは詩万ちゃんをからかったりもするけど詩万ちゃんが落ち込んだ時は「早くいつもの調子にならないかな」とやっぱり友達。やたら心配したり気遣ったりでない距離感がポイント。
お隣に住む年上の女の子、波ちゃん。複雑な家庭環境ながら努力とか苦悩とかでなく、どうしようもなくそれが現実でありそこで生きている女の子として描写される。普段はクールだがうれしいことがあれば喜ぶやはり普通の女の子。彼女と詩万の仲良しだけど同い年の友達ともまた違った距離感が面白い。
そして千広の妹で詩万の叔母にあたる那由ちゃん、おばさんという言葉を使うのをためらう可愛いおひと。
最終回のあっけなさと
最初に最終回である33話を読んだとき、えーこれで終わり?といのが正直な感想だった。
千広が車(中古車)を買い、運転中の車内で今度は海に行こうという会話をして終わる。あっけない感じ、海回はないの!?と。
しかし読み返すと確かにこれはラストにもってくる最終回だ、序盤にお団子ちゃんが姉に電話するシーン、詩万と波ちゃんが会話をするシーンがある。
お団子ちゃんは25話で姉の彼氏を目撃したことで(姉は家族には秘密にしたい)ケンカしつつも久しぶりに楽しく会話をする、おそらくそこから前よりも姉と距離が近くなったことの描写だろう。
波ちゃんは前より険が取れたようにみえる、よく考えたらそんなに好きじゃなかった運動部でなく手芸部に入った、という会話からも他人(親)を変に気にせずのびのび自分のやりたいことをみつめて生きられるようになったんではないかと思う。
そして千広と詩万のパート、詩万のモノローグ「助手席(父親の隣)に乗るのが恥ずかしい」「別に恥ずかしいことじゃないのにね」
詩万は千広に素直になれる日が近いかもしれないし、やっぱり今まで通りの日々続いていくのかもしれない。
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