あらゆる意味での積み重ねに思いを馳せる
アニメへの子供の期待
初めてみたのは、小中学生くらいの時で、映画館で上映が封切になったばかりの時でした。母と親戚のお姉さん(おそらく20代後半くらい)と行ったのですが、彼女たちの感想があまりピンときませんでした。何を言っているのかわかりませんでした。そして、何を言っていたのかも思い出せません。ただ、好評だったということが印象に残っています。私は、正直つまりませんでした。でも、ジブリ作品を観たぞ、という満足感だけがありました。ジブリの映画は面白くて深みがあって何かしら良いものに違いないのだ、と何となく思っていました。アニメだ、というのも子供にとってはポイントが高かったように思います。その実、つまらなかったのですが。よくわからなかった、豚の人間が気持ち悪かった、飛行機のロマンを知らなかった、ジャズが暗かった、戦争が怖かった、意味が分からなかった。そんな風につまりませんでした。解らなかったのだと思います。知らなかったのだと思います。戦争のことも大人のことも男女のことも、ジャズもお酒も。ロマンというものに共感するほどロマンを知らなかったのです。大人になって、豚を見て、かっこいいとか渋いとか思うのですが、子供のころは、「豚だ、かわいそうだ」とか、「何で蓋になったんだろう」とか、「最後は人間に戻る、そういう話なんだろう」とか思っていましたが、そういう部分とは関係ない所で物語が進んでいるようで、何だか自分が的外れな視点で物語を追っているのが修正できないままに映画は終了してしまったのでした。だから、何を見ればいいのか、あまり解らない映画でした。大人たちが、「おっ」とひっかかる気に入るシーンに気づくことがなかったのでしょう。飛べない豚は、ただの豚だというフレーズにも、「アニメだから豚が飛べるんだなー」と思った…なんだか私は、あまり頭の良くない子供だったのだと思います。そして、こういう豚みたいな性格の人を愛する女性たちがいるのがよく分かりませんでした。こんな格好つけでわがままな感じの男の人(豚)の何がいいんだろうって、暗くてやだなって思っていました。
いつもと違うパターン
それが一変して、ぐうっと引き込まれるように見られるようになったのが20代になってからでしょうか。そういえば、その母たちと映画館で見た時に「あなたにはまだわからなかったかもね」なんて言われて、悔しいような納得のような気分になりましたが、その通りで、ついに私にも、わかる日が来た、のでした。ジブリの映画はテレビで放送されるので、人生において何度か見る機会を得やすいのですが、作品に再会するタイミングというのが非常に大切なように感じます。大人になってからジブリ作品に触れた人には分からない感覚だと思うのですが、子供のころからジブリ作品に触れている人には、作品との再会が、自分の成長について振り返るいい機会となります。セリフとかシーンとか、自分でも信じられないくらいよく覚えています。それと一緒に、昔の自分の感情や感想といった思いが蘇り、過去の自分ごと見つめるような鑑賞の仕方が出来るのが、ジブリ作品の凄い所でもあります。そんなジブリの映画のほとんどが、子供のころの自分に戻してくれる、のですが、「紅の豚」は、そうではない。自分が大人になったことをわからせてくれる、それがちょっと異色で、なんだか貴重な気がします。
共感より刷り込み
実際、映画が趣味の人でなければ、映画はちょっと特別なイベントの一つだと思います。特に映画館へは、恋人と行ったり、友達と見たり、家族で約束して見に行ったりするんだと思います。つまりは、好きな人と見ることが多い。となると、そこで選ばれる作品というのは、その人にとっては、思い出の作品として記憶に残ります。その内容よりも、いつどこで誰と見た作品、というのが先行されてイメージが浮かぶ。作品へ実生活が刷り込まれる。これが映画の不思議で面白いところだと常々感じるのですが、子供のころからジブリの映画を見ている人たちは、この感覚がめちゃくちゃになっています。自分が作品の世界にいたような気がするのです。幼稚園の子供たちが「歩こう歩こう」とトトロの歌を歌いながら歩いているときには、すでに自分はメイだと思っているのです。セリフを色々と覚えているのは、自分が作品の中にいて発した言葉だと錯覚しているからかもしれません。「紅の豚」は、大人になってからやっと、真似したくなったり作品の中に自分を置けるようになるので、開かなかった扉がすんなり開いてしまった、自由でのびやかな解放感が得られると同時に、作中の飛行するシーンと相まって、特別に気持ちのいい作品だったりします。
時間の向こうへ届くもの
大人になってくると、アニメに対して、絵が美しいとか、音楽がどうだとか、作った人の気持ちがどうの、とかそういうことにも注目出来るようになるのですが、「紅の豚」はひとまずそういうことはよくて、「わ、開いた、わかる」という感覚がとても面白い作品だと思います。この感じは、世代別で、わかる方もいれば、わからない方もいる。もっとずっとチビちゃんの時から今作に接している人が今もどんどん増えているので、その人たちが大きくなった時に何を感じるのかの予想もつきません。作品の時代背景自体にキョトンとするのかもしれませんし、木造の飛行機を女性たちが作り上げる、それ自体をもファンタジーととらえてしまう可能性もあります。「紅の豚」は他の作品と比べて、かなり現実的なお話なのですが(多分)、そうであればあるほどに、空想の世界と勘違いされてしまうのは惜しい気がします。例えば、土偶や埴輪が何なのかはっきりしないのに、気持ちのこもった大切なものだと伝わるように、いつかジブリの作品もそのくらい古くなるとして、「紅の豚」はどちらかと言うと史実的な象形文字のようなポジションでいて欲しいな、なんて思ったりもします。
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