アンチカタルシス - 独白するユニバーサル横メルカトルの感想

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独白するユニバーサル横メルカトル

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設定
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感想数
1
読んだ人
3

アンチカタルシス

3.53.5
文章力
3.5
ストーリー
2.5
キャラクター
3.0
設定
4.5
演出
4.0

目次

ノーカタルシス

なんだこの小説、くそ面白くもねえ、ただ気分悪いだけだし、だいたい短編のくせになんでオチが弱いんだよ……と、読んでみてがっかりした人も多いのではないかと思う本作、「独白するユニバーサル横メルカトル」。実際オチの弱さに関しては、例えこの本のファンであっても否定はしないのではないだろうか。合わない人にはトコトン合わない小説と聞いて、「それってホラーって意味でしょ?それなら、自分大好きでっせ!」と考えて手を出して、首をかしげた方もたくさんいただろう。なんでこんな小説が、このミステリーがすごい!に選ばれるんだろうかと。合う合わないじゃなくて、つまらなくないかと。なぜそんな風にこの小説が言われるのかといえば、結局のところ、「カタルシスがない」の一言に集約されるだろう。短編なのに、ほとんどの物語は淡々と進み、概ね想像通りの形で終わる。オチがひねられていたのは「卵男」くらいではないか。そしてそれも、そこまでインパクトのある終わり方というわけでもない。あの手のオチが初めての人は多少驚くかもしれないが、慣れてると「またか」って感じである。少なくとも、オチを評価されたのならば、もっと上がいくらでも存在するのだ。

では、この小説はなんなのか。どんな価値があって評価されているのか。それがまったくわからないと思う人のために、少し、この場を借りて魅力を語ってみようと思う。結局、合わない人には合わないっていうラインは越えられないだろうけど。

暗さの表現

この小説を読んで、暗いだけのつまらない話と思ったあなた!正直、ごもっともです。どの短編も、ひとつ余さず、なんか暗い。一発目からただただ嫌な話を読まされて、気分が悪くなって、投げてしまった人もいるのではと思うくらい。ただキモい。あげくにテーマもへったくれもありゃしないとくれば、いったいなんの価値があるのかと、疑問に思わないほうがどうかしているだろう。筆者も、数年前なら、この小説速攻ブックオフ行きだっただろうし……。が、ここでひとつ、考えたいただきたい。逆にここまでただ単に嫌な気分になる話がそうあるだろうかと。実際ただ単に暗い話を作るというのも、そう簡単なことではないのだ。できるできない云々よりも前に、書く気が起きるかどうかの方が問題だろう。「暗さ」は、この小説全体の生命線である。まず、そこにひとつ、「嫌な感じがする話」を作る技術があることを理解していただきたいのだ。

ある意味で、本作をただ気持ち悪いと表現している人は、本作の狙っている効果にしっかりハマっていると言っても過言ではないのだから。

ただ暗くても、ただの暗さじゃない

先ほど筆者は、本作をただ暗い話なんて述べてみたが、実際のところ、この小説の暗さは、世の中のいわゆる「欝小説」とは少し違う。なぜなら、最初からハッピーエンドがないような設定しかないから。欝展開や悲劇とは、演出として派手な幸せの崩壊、台無しのカタルシスを必要とする。その代表例は、皆さんお馴染み「フランダースの犬」だろう。あの話が有名なのは、救いようのなさの反対側に、口惜しさ、届かなかった幸せの鏡像があるからなのだろうが……本作は、徹底的にそれがない。強いて言えば、芸術が許されない世界を描いた「オペラントの肖像」は、多少なりともハッピーが壊されていくカタルシスがあったかもしれない。だが、それだけだ。ほかのすべての話は、言ってしまえばだらだらとした気分の悪い話だ。

そこが凄いところなのである。

カタルシスも壮絶なオチもハッピーエンドの崩壊もない、それなのに欝な雰囲気になれる、読んだ人が口を揃えて「嫌な気分だ」と言うのである。繰り返し言うが、普通の欝小説、欝漫画、欝アニメ……どれも、カタルシスが基本だ。それらと比べ本作は、ただ世界観のみで気分の悪い状況を作り出しているのだ。それがわかると、本作が短編集であることの、本当の価値も見えてくるのではないだろうか。

嫌なものの見本市

気味の悪い裏表の町、人を食う醜悪な怪人、汚れ切った無垢、管理社会、不愉快な死刑囚、殺伐とした熱帯、人殺しを渡り歩く地図、痛ましいばかりの拷問風景……。嫌な話ばかりな短編集だ。あげくにグロも欠かさないので、タチが悪い。いや、「すまじき熱帯」はギャグかもしれないが……いい話じゃないのは誰もが頷くところだろう。しかも、そこにはなんの救いもなく、ただ電車の車窓からスラムを覗き見たかのような、嫌な景色が通り過ぎていく。衝撃的なオチで薄まることなく、ただ、そこにある。いわば本作は、時折様々な物語の中に挟まれる、気持ちの悪い部分だけを抜き出した作品なのだ。例えばある人物の不幸な過去、例えば薄汚れた悪役の表現、悪夢や心象風景……そんな、基本的にカタルシスありきの演出から、カタルシスを抜き出したのが本作、「独白するユニバーサル横メルカトル」。しかも、短編集だけあって、表現が多彩なこと多彩なこと……。とりわけその方向性が光るのは、一話目の、「ニコチンの少年」だろうと思う。あんなただただ気持ちの悪い話、そうそう作れるものではない。びっくりする要素は一つもないまま、後から後からドンドン汚く感じる欝描写に、筆者はかなりニヒルに笑ったものだ。そういう尖った特殊性というか、あえてそこに着目したという事実そのものに価値を見出さないのであれば、本作は紛れもなくダメな小説だろうと思う。筆者も、本作を酷評する人たちを否定する気は全くない。そういう意味で、本作は「合わない人にはとことん合わない」なのだ。

物語の構造はハッピーエンドが基本であり、バッドエンドはハッピーエンドの劣化版だと考えて間違いではない。しかし、だからこそ、あえてそこに注目し、ハッピーエンドばかりを見てきた頭に打撃を与える効果があるのが、バッドエンドだ。つまりは、バッドエンドはハッピーエンドありきなのである。本作の構造も似たようなものだ。本作はマトモな物語には必ずある、劇的な演出(良きにしろ悪きにしろ)さえ放り出して、ただただパンチの効いた気分の悪い設定を描き込む、世界観重視の短編集なのだ。当然それは、普通の物語の構造が読者の中に存在する前提の、珍味的な作り方だ。そういう話は、見方を変えれば、単純に点数が低いだけとも言えるだろう。本作も、そういう変則的な物語の一つなのは疑いようがない。しかし、だからといってこの小説をゴミ扱いするのは早計だ。

通常世界観に重きを置いた物語というのは、ある程度の長編となることが期待される。世界観を作り上げるのは一朝一夕にはいかないし、独自の世界観自体の利点というものが、いくつもの物語を包括できる懐の広さにあるのだから、当然だろう。クトゥルフ神話なんかが、そのよい例かもしれない。それに対し本作は、全てに世界観が用意されたバラバラの短編集であるところに、一種の凄みがあるのではないかと筆者は思っている。短編なのにオチが弱いのは、ちょっと致命的かもしれないが……。

グロと痛み

オチにカタルシスはなくとも、ところどころ嫌な方向に光る設定があるのが本作の魅力。オメガ周辺の描写は醜い・汚い・痛そうと隙がないし、オペラントの肖像に出てくる、片腕だけの人間とか相当気持ちが悪い。卵男はなんといっても、最初らへんのゆで卵を食ってるところがピークだろう。グロくなくても、気持ち悪さは出せるのだなと感心させられた。正直、その後の獄中のシーンからオチに至るまで蛇足かも知れないと言えるほど、絶妙におどろおどろしい描写だったと思う。タイトルにもなっているユニバーサル横メルカトルは……まぁ、独創的ですねということで。

筆者的に一番読んでよかったと思った部分は、やはり最後の一話、「怪物のような顔の女と溶けた時計のような頭の男」だ。思わず尻がキュッと締まるような、作中でもぶっちぎりの痛そうな描写と、主人公の精神状態が壊れていく様……うん、すごくいい。告白すると、そこを読むまで買ったことを後悔していたくらいだったのだから、本当によかった。何がいいって、とにかく痛みに特化した描写がたまらない。追い詰められる加害者と、追い詰める被害者の構図、閉鎖空間の中でみごとに清々しさを表現したMCの精神世界と、その汚染の描写、ゾッとしない痛み……本作の魅力の半分はここに集約されていると思う。

つまらないかもしれないが、価値がないとは言わせない、それが本作「独白するユニバーサル横メルカトル」!

でもまあ、結局オチは弱いんですけどね。

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