『ハート・ロッカー』のレビュー - ハート・ロッカーの感想

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『ハート・ロッカー』のレビュー

4.54.5
映像
4.5
脚本
5.0
キャスト
4.5
音楽
4.0
演出
4.0

目次

殺す側と殺される側の論理

ポスト3・11で何をどう表現するかということは、多くの「作家」の共通のテーマであるが、そのような流れで園子温も「ヒミズ」という映画をああいう映画にしてしまった。しかしそこには、場当たり的なやっつけ感と、それでもこんな感じで派手にしとけば一定の市場に打って出られるという打算ばかりが透けて見えて、正直だいぶキツい映画だった。
結構昔に、本多勝一が「殺す側の論理」と「殺される側の論理」という二冊の本を書いている。僕はつねに、こういう相対的な、というかそれぞれ側の視点を丁寧に読み解きながらものごとを考えたいなと思ってきている。本作は、徹頭徹尾「殺す側」の苦悩の極限状態を描いている。もちろん、この物語の主人公、爆弾処理のエキスパートは、具体的には殺さない。むしろ、自らを死の危険性に晒してまでも、無益な死を少しでも減らそうと日夜奮闘している人間だ。しかし、イラク派兵という「正義」も「正当性」も不在の戦争において、日常的にイラク人を10人虐殺して、アメリカ兵が1人死ぬという現状では、アメリカ兵は存在論的に「殺す側」に属する。ここで、「殺す側」が切羽詰まった状況に追い込まれるのは、徹頭徹尾倫理的問題系においてである。

「眼差し」のちから

敵味方を含めた大量の死という生々しい形而下の状況において、人間の倫理的意識は極限まで追いつめられる。そして、そのような状況下で重要な役割を果たすのが、「眼差し」の持つ力である。「眼差し」の哲学を説いた思想家は数多くいる。しかしながらコロニアルという特殊状況に関して言えば、そこは異様なまでに抑圧者と被抑圧者の二項対立がヒエラルキーの中で凝固した空間であり、そのような空間内で凝固した二元論に唯一亀裂を入れられるのが、被抑圧者の側の「眼差し」の力である。ある哲学者によれば、コロニアルな状況下で、被抑圧者の眼差しは、抑圧者に対して物理的逆転をもたらすことは不可能だが、倫理的な価値観の転覆をもたらすことが出来るという点に、唯一の可能性を見いだせるという。ハート・ロッカーの主題のひとつは、イラク市民たちの恐るべき静かなる眼差しである。言葉を持たない(=持つ権利を与えられていない)彼らにとって、その無言の眼差しの語るところの意味は深長である。
イラクという空間においては、まさに彼らの日常的空間が、そのまま戦場なのである。自分の住む家のまんまえで、爆破テロが起き、アメリカ人が容赦なく同胞を射殺する。裏の通りで、突然銃撃戦が始まり、建物がひとつ廃墟になる。ある日突然、隣人が連行され、拷問にかけられる。数年前から突如日常生活に闖入してきたアメリカという得体の知れない抑圧者に対して、彼らの眼差しは、無関心と憎悪の間を無限に循環しながら、注がれる。

アメリカ的な映画

アメリカ兵の倫理的価値観が揺らぐのは、(悪の枢軸国として)彼らの眼差しの対象であったイラクという空間と人間に、逆に眼差される経験を経てである。(これは、「グラン・トリノ」でイーストウッド扮するアメリカ人が、自らの贖罪を考える最初の契機となったのが、モン族という他者に眼差される経験であったことにも通ずる。)主人公のアメリカ兵は、一貫して、名もなき無数のイラク市民の憎しみと諦観と無気力の入り交じった視線に晒され続けながら、任務を全うしなければならない。しかも、その無言ではあるが暴力的とさえ言える彼らの眼差しと、アメリカ兵としての任務における自らの死の可能性が、正に隣り合わせという極限的状況に彼はいる。
そして、本作の最もスキャンダラスな点は、その世界観が「殺す側」の自己超越へと帰結する点である。死の危機感と倫理的転覆を同時に経験した主人公は、その苦悩と逡巡を乗り越えようともがき、ラストでは新たな「アメリカ兵」としての自己超越に至る。これは、まさしく抑圧者としての「アメリカ兵」の拡大再生産であり、このような構図こそアメリカの本質的な悲劇でもある。つまり、アメリカ人は、自らの倫理的逡巡を自己超越してこそ、真の「アメリカ人」となりえる。そして、真のアメリカ人として、再び世界の戦場に赴くのである。そのような過程を経てこそ、ベトナム、アフガニスタン、イラクと、枚挙に暇のない世界の「ジャイアン」ぶりを発揮することになるのだ。
この「殺す側」の自己超越という問題に、この作品の作者がどれほど意識的であったかは分からない。しかし、そのような意味で、とてもアメリカ的な映画であったし、元旦那のあまりにイノセントな「アメリカ」っぷりと表裏一体をなして、やはりアメリカ的な作品であった。
イラクからすれば武力介入してきたアメリカ兵士の苦悩や葛藤など迷惑以外の何物でもないし、歌詞のブッシュ批判にしても劇中で説明皆無なので分かるわけがないし、戦争中毒にしても本当の意図するべきものでないとして、第一この映画観客の感性に任せている部分も多く感じたことが全てであると思う。

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他のレビュアーの感想・評価

緊張感

●あらすじイラク映画をテーマに、爆弾処理班をクローズアップした戦争映画です。若者の戦争への「死」と直面した、葛藤を描いており、鑑賞者が戦場にいたら感じるであろう、「リアル」を直に感じる事が出来ます。デートや家族で観る映画でもないですし、笑いや感動を得ることは、皆無に等しいですが、サスペンス映画を見ているかのような臨場感や、ノンフィクションや実話映画が好きな方には、オススメできる映画です。●展開開始早々から、現場で爆弾処理最中に、敵の遠隔操作で仲間が亡くなり、悲しみを感じる暇もなく、映画は続いていきます。爆弾を処理する際に、爆発はしないのか?うまく処理出来るか?処理中に攻撃されないか?を同時に意識して観ると、緊張感が自ずと湧いてきます。3人のチームで爆弾処理班で構成されていますが、後から合流してくる1人のメンバーがトラブルメーカーです。リーダーの指示には従わないし、自らの経験や、自らのや...この感想を読む

4.04.0
  • YUYA34YUYA34
  • 68view
  • 628文字

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