不完全な狂気が美しい72分間。
瑛太
彼の演技力は私の中では上の中です。正直、プライベートのゆるいイメージに好感を持っているので、役者としてのイケメン具合が若干ではありますが息苦しさを覚えます。これはあくまでも私の感想であって、決して瑛太さんの演技が下手だと貶しているわけではありません。想像ではありますが、本人も実際の自分とのギャップが大きいほど役作りは大変でしょうから、並々ならぬ努力をされているのだと思います。しかし、この作品の彼は、映像を通して二重に観てしまっていた今までとは違い、彼自身がそこにいるような、初めからこういう人間だったかのような鬼気迫る演技で、私は物語に引きずり込まれるような感覚に襲われました。背景として、瑛太さんの身内に不幸があり、主人公と重なる部分があることからより自分と登場人物との差のない演技になったのでは、とこの話は有名です。しかし、その事実を知って頷けるのです。あまりにも自然。瞳に宿らない光が生々しく、彼の美しいまでに磨かれた狂気が物悲しくて、また狭間で揺れ動いている未完全な狂気であるからこそ、観る側にやさしさを抱かせるのではないのでしょうか。吹雪の中シャワーを浴び、髭を剃り、身なりを整え、料理をし、食べる。環境が違うだけで皆それぞれ営んでいる生活です。瑛太さんの憂いを纏う表情、仕草が、ため息が出るほど美しいんです。俳優としての瑛太さんをより際立たせた作品であることは間違いありません。
養分
彼が爆弾を送ることで、社会システムの破壊を進めるのではなく、むしろ爆弾魔からの経験を糧にして、より規則や規定が強化され、彼の望む世界からどんどんとかけ離れた社会が出来上がってしまうのではないか。やはり世界からの完全なる離脱は、もはや名前がある以上不可能なんだと虚しさばかりが残る。雪山で厳しい生活をしながら自給自足をし、薪を割り、狩りをして、切り離された一角のみで細々と生きることを許さない家族の存在が彼の命の養分になっていることも、随分と滑稽で、無慈悲だなあと。その真面目さも主人公らしいのですが、周囲を気にせずに自分の思うまま生きれば良かったんだ。自己犠牲の先にはなにもない。むしろ、人を殺しておいて、すべてを流そう、白に戻そうと望むのは生きている限り無理です。監督は呪縛からの解放を意味するラストシーンを撮ったのだろうけれど、結局繋がった世界で彼が存在し続けるのはやはり不可能で、抜け殻か、人として真っ当な状態に戻るまで相当な時間がかかるでしょう。彼を生かす意味がもはや見つからないから。
妹
お前はずっとここにいろ。
良一の言葉に素直に頷く妹は、どういう気持ちでその言葉を解釈したのだろう。亡くなった家族と遺された唯一の家族。亡霊が首に手をかけてずるずると引きずり込もうとするけれど、妹がいるせいで彼は身動きが取れず、また、妹がいるから彼もまだ死ぬことを躊躇っている。はっきりと主人公の気持ちが描かれていないので、どの存在が彼にどの影響を与えているか、映像から言葉から読み取るのも困難です。主人公が長兄であるユキに強い影響を受けているのは確実なのですが、その反対の存在として妹がいる気がします。作中でそのバランスが均衡を保てず、どちらかに寄っては戻ろうとして大きく揺れ、しかし、その揺れがなかなか鎮まらない。そんな時に主人公は自らの希望である妹との関係を断ち切るかのように電話をし、こっちに来てはいけないと話すのです。気がかりは遺された唯一の存在だったんだと思います。その存在こそが守りたかったのか、このままでは自分との破滅が待っていると思ったのか、電話を切り、主人公はひとり雑踏の中で笑顔を見せて叫ぶ。すべてあの雪山のように真っ白に埋め尽くされてしまえと言わんばかりに、叫び続けます。妹という巻き込めない存在から離れる覚悟をした主人公は、実に達成感に満ち満ちています。その表情が、妹との不穏な表情と相まって、より鳥肌を立たせるほど美しく見せるのだなあと。
理想の家族
父が死に、後を継いだ長兄がある日突然自殺をし、そのタイミングで体調を崩した母は癌で亡くなり、弟は家族に引っ張られるようにして交通事故で他界。草原で食事をする様子が不気味に見えるほど完璧で理想的な家族像で、だから余計に浮いてしまった主人公は右に倣えで両親兄弟のあとを追うことができなかったのだろうと思います。無心に爆弾を作って送り、生活をし、無音の世界の中に篭り、彼は既に死んでいたんじゃないかと思います。肉体はあったとしても、ひどく傷つけられた彼は誰かに支えて欲しかったのだろうと。もし、兄としてのプライドとか、妹が大人でしっかりした人であれば、少しは違ったのかなあと。すべてが理想的で完璧な家族だったからこそ、家族というものに守られていたから個々の力が弱かったのかなあと、完全なる救いの手が見えないこの作品に、ものすごく悩まされます。
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