アイルランドを知っていますか?
社会派ケン・ローチの撮る、あまりに悲しく美しいアイルランド。
この映画は、まあ当然だけどイギリス、それか広くても大体欧州圏内で観られる事を想定として作られていると思う。
冒頭から、アイルランド内戦に対して知識がないとなんの話なのかよくわからないまま話は進む事になる。
私もアイルランド内戦とIRAについては恥ずかしながらほぼ知識がなかった。
しかし、日本人の大半がそうなのではないだろうか。
だからまず、あのイギリス国内ではとても恐れられているIRAの始まりが、まさか虐げられ続けていたアイルランド人の素朴な市井の人々だったという事にとても驚いた。
イギリスに一度でも行ったことがあるなら、懐かしくなる風景。
どこまでも続くなだらかな緑の丘、そこに点在する黒い岩、森の風景。
そんな掛け値無しに美しい風景の中で、ゲリラ戦の訓練を必死にする鍛冶屋、金物屋、鉄道職員。
日本からはアイルランドは余りに遠く、そして行ったこともあったのに、自分は余りにその歴史に対して無頓着だった。
私はそこにまず衝撃を受けた。
自由への戦い。でも本当に悲惨なのは…
日本も戦時中は、軍需政権下で市井の人々はとても理不尽な暴力をふるわれたりした。
私は勝手ながら、ナチスを除いて欧州ではそういった事は日本ほどひどくないとは想像していたが、映画の中には片田舎ののどかな山村なのに自分の名前を英語で言わなかっただけでリンチで殺されてしまう人々や、ゲリラを匿って家を焼かれる人などが出て来る。
戦争下では東西を問わず人が人に残虐行為をはたらいてしまうという事にも衝撃を受けた。
そしてそののどかな山村の、極めて平凡な兄弟もそういった理不尽な支配から逃れようと戦いに身を投じて行くのだが、本当の悲惨さは目的を達成した筈の独立後からこそ増してしまう。
日本人が見る内戦
結局アイルランドはイギリスの「北部アイルランドを一部イギリスに残したままという条件の下」独立をするのだが、その北部を取り戻すまで闘うのか、独立をまずはよしとするかで仲間同士だった者達を二分してしまう。
そこからはもう地獄絵図、ファーストネームで呼び合ってハーリングを楽しんでいた近所の仲間同士が撃ち合い、殺し合うという悲しい事態に陥ってしまう。
ダンが撃たれた時、デミアンは「丸腰のダンを背中から撃った!!」と泣くが、別にダンは丸腰ではなかったし、相手に向かって発砲しているし、撃たれたのは背中からでもない。
それでもデミアンがダンの無実を主張するのはダンを好きだから守りたいという一心だけで、そしてその気持ちはゲリラ戦を繰り広げていた仲間達、そして隣人と分断されてしまったアイルランド人全員が持ち合わせている。
デミアンの最期は、結局幼なじみを処刑したのと全く同じ状況で実の兄に処刑される。
日本の映画では頻繁に見られるが、欧米の映画では日本ほど頻繁には見かけない「因果応報」の展開でそれがいっそうの悲しさを増す。
日本は単一民族国家で宗教や主義の激しい対立もなく、内戦、内紛からはほど遠い。
しかしこの映画は私と内戦、内紛との距離を一気に縮めた。
こんなに悲しい出来事があることさえよく知らなかった。
蛇足だけれど、隣の部屋で拷問をされている仲間を励ます為に皆で声を揃えて歌うシーンがあるけれど、あれはサッカーのチャント(応援歌)の文化だと思った。
日本人は仲間を励ます時に歌を歌って応援はしたりしないが、イギリスのサッカーではとても見慣れた光景。
あのシーンの歌声は、魂のこもった歌声でとても素晴らしい。
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