天賦の才を持った書記官と二重人格の大王
「バルバロイ」と見なされた強烈な幼年期
紀元前4世紀、アレクサンドロス王に仕えた書記官エウメネスの幼年期は、まさに悲愴と思われるようなものだった。物語の序盤、主人公のエウメネスは裕福な家に生まれ、知力や才能にも恵まれて理想的な暮らしをしていた。
しかし、そんな暮らしはスキタイの奴隷であったトラクスが脱走したことによって、一変してしまう。これまで両家の「お坊ちゃん」として可愛がられていたエウメネスが異民族を指す、バルバロイだということが明らかにされるや否や、彼の地位は奴隷に落ちてしまう。
仕えていた家人によって父を殺され、これまで実の家族として疑わなかった母や兄との関係が一変し、家を乗っ取られたエウメネスは、心まで奴隷のそれになる。これまで自由に読めていた書物が読めなくなり、好きだった少女にも会えなくなり、動揺し、泣き暮れる姿は側から見てもとてつもなく悲痛だ。
普通の子どもであればここで挫けているだろうが、エウメネスはそこが違う。エウメネスは持ち前の利発さと、明るい意思や他者とのコミュニケーションで、奴隷に落ちた心を持ち直す。この強さが非常に魅力的なキャラクターである。
それだけに、奴隷として売られてどの家族にも会えず生家を出るとき、『よくも騙したな』という言葉が胸を打つ。愛していた存在、確かな絆があった家族がまやかしであったと憎むエウメネスの言葉と、その裏で涙を流す母親の姿が非常に居た堪れない。
たとえバルバロイであっても、その絆は確かなものであって、ただ彼らの運命の歯車が合わなかっただけなのだと思わせる場面である。
女性にモテる要素と守り守られた村
奴隷として売られたエウメネスは、不運か幸運か嵐に見舞われ、乗せられていた船が沈み浜にたどり着く。しかし、同じ船に乗せられていた奴隷たちは皆去勢されていたため、彼らは役に立たぬと見なされて、助けられたのはエウメネスただ一人であった。
エウメネスは助けられた村で友情や、村人との信頼関係を築き、そしてサテュラという少女を愛していく。この過程で顕著なのが、エウメネスの順応性の高さや明朗さ、持ち前の知力や発想力を活かすという点である。
この少年期においては、いかにエウメネスが優れた人間であるかというのが、客観的に語られてゆく。幼いながらに村を敵から守り、犠牲者を少なく、何を利用して最終的に和解へ導くか。まるで軍師のような天賦の才を持った人間だということが、あっさりとした調子でありながら劇的に描かれてゆくのが非常に面白く、見応えがある。
結局愛した少女とは結ばれないのだが、言うなれば「女性からモテる要素」が主人公をより魅力的に写すために度々出てくる。
二重人格であるアレクサンドロス大王
アレクサンドロス大王はこの漫画をより魅力的にさせる中心的な人物であるが、一般的な歴史上の実像からはなかなか思いつけない。
ヒストリエに出てくるアレクサンドロス大王は、気の優しい美少年である。しかし彼は母親によって作り出された二重人格者で、父親は母親の手にかかって殺され、その頭部は蛇に丸呑みされてしまうというトラウマものである。
その二重人格の裏面とも言えるヘファイスティオンは、歴史においてはアレクサンドロス大王の親友であったとされている。それを一人の人物の中に混在させ、進んで行く展開が非常に気になる部分である。
二重人格者であることが、どう物語や書記官であるエウメネスに影響を与えていくか。逆にエウメネスがこの二重人格者の大王に影響を与えるのかが、この漫画のテーマであると考えている。
- あなたも感想を書いてみませんか?
- レビューンは、作品についての理解を深めることをコンセプトとしたレビューサイトです。
コンテンツをもっと楽しむための考察レビューを書けるレビュアーを大歓迎しています。 - 会員登録して感想を書く(無料)