最終話にいく前に全シリーズを通してのこの物語の役割
自分の中の「常識」
このシリーズではトムが「常識」として認識している事柄がくつがえされる場面がみられます。あたり一面に生えているジャスミンのような花が、おしべを針のように刺して攻撃をしてきて、ナヌークを救出するのに苦戦を強いられます。この巻だけでなく前巻の牛怪人トーゴーの時にも、これまで村に行けば誤解などがあったにしても必ず最後には助けになってくれた村の人が、ゴルゴニアの村では助けてくれるどころか自分たちを攻撃する側だったということもありました。トム自身が「常識」だと言っている場面はありませんが、トム自身の無防備な行動からそれが推察されるでしょう。では「常識」というのはどういうことでしょうか?「常識」とはその人が経験してきたり、まわりから見聞きしたりしたことの平均値だと思います。トムでいうと「花は攻撃しない」「村の人は味方になってくれる」といったことが経験上多かったのでしょう。そのためなんの疑いもなく花畑や村の中に足を踏み入れているのです。
しかし「常識」だと自分が思うことに対してその行為が間違っているというわけではありません。なぜならそれはその人の判断基準になるからです。「今までこうだったから、この場合もたぶん大丈夫だろう」とか「こういった場合は危険かもしれない」といった判断をする場合に必要となるからです。ここで危険なのは「思い込んでしまう」ことだと思います。思い込んでしまうと、目の前の状況を受け入れることができず「何かの間違いだ」という考えに陥ってしまい何の解決にも発展しません。トムたちはすぐに今までの自分たちの常識が通じないことを理解し、素早く対処することができています。「常識」を自分が経験した事柄の平均値だと考えることができれば、「常識」という自分の枠にとらわれて動けなくなってしまうということも少なくなるでしょう。
「判断する力」
「ゴルゴニアのビースト」からはトムの「判断する力」が問われる場面が多くみられます。ケルロの存在もそうですが、反乱軍に対しても敵か味方か判断しなければなりません。助けた反乱軍の兵から、「マルベルに自分たちに会ったことを秘密にしてほしい」と言われたことに対し、ケルロに「本当に助けてよかった相手なのか?」と疑問を投げかけられます。結局この巻でその疑問が解消されることはありませんでしたが、見張りもいない地下牢に捕らわれていた反乱兵というのも不自然ですし、マルベルの敵であるトムにわざわざ「会ったことを秘密にしておいてほしい」と言い残すのも不自然でしょう。ケルロはそれらのことも考慮に入れ、「なぜ見張りがいなかったのか?」「なぜ会ったことを秘密にしてほしいと言ったのか?」ということを確認してからでも、解放するのは遅くはないと判断したのでしょう。
何かを判断するとき一つの事柄だけをみるのではなく、まわりの状況をみて判断するということをしなければなりません。トムは捕らわれていた兵士が、「自分たちは反乱軍の兵士だ」と言った言葉をうのみにし、地下牢にいた人たちを「マルベルの敵=自分たちの敵ではない」と判断し解放してしまいました。ケルロは解放したことに対し疑問を投げかけたというよりは、まわりの状況をよく観察することなく一つの事柄だけで判断したトムの行動に対して疑問を投げかけたのかもしれません。
「善人」「悪人」の判断
最初のシリーズでは仲間を信じたり助け合ったりすることで、トムが成長していくさまが描かれています。そしてその大きな象徴となっているのがアバンティア王国です。アバンティア王国は「困っている人がいれば助ける」という精神が民衆に受け継がれています。そのため、どんな状況にあってもみんなが助け合おうとします。しかし、この第3シリーズでは一般に「人間の醜い部分」といわれているような部分が描かれています。他人を犠牲にしても自分だけでも助かりたいという思いであったり、本当に信じてよいかどうか判断しなければいけなかったりするところです。
この物語では最初トムとエレナは「善人」、マルベルは「悪人」という立ち位置で話がすすんでいました。しかしこのシリーズでは「トムとエレナ」「マルベル」の関係性に変わりはありませんが、他の登場人物のなかに「善」と「悪」両方を感じさせます(もちろん現実世界では大多数の人が心の中に「善」と「悪」を持ち合わせているのですが)。悪いことをしているから「悪人」、よいことをしているから「善人」とは言い切れないということが表現されています。そしてその関係性は相手の受け取り方また立場次第でその立ち位置も変わります。悪人とされているマルベルに対抗する勢力が「反乱軍」と呼ばれていることでそれが表現されているでしょう。全体を通してこの物語は、人間とは複雑な思考を持った生物で一概に「善」「悪」とは区別できないことが描かれているといえるでしょう。
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