管理社会から抑圧社会への変遷と打破 - ディレクターズカット/ブレードランナー 最終版の感想

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管理社会から抑圧社会への変遷と打破

5.05.0
映像
5.0
脚本
4.0
キャスト
4.5
音楽
4.0
演出
4.5

目次

管理社会は大昔から存在していた。

人間から見れば、全てを脳が統括しているのと変わらない。

この作品では、その脳さえも人の手によって造られた演出がなされている。つまり行動範囲はプログラムされたものだ。現代ではそれはパソコンやスマホに該当する。

登場人物の思い出さえも刷り込まれたものだ。創造主の手元に置く必要が全く無いので、極めて管理し易い。

僕がこの作品を観たのは、二十歳頃だった。当時は単館上映で今 は閉館している。

制作当時にこれだけの、近い将来のネット社会を予見した映画を僕はあまり知らない。ネットの闇がそのまま犯罪に反映されているのが 現代だ。

作品ではレプリカント達が反乱を起こす。創造主は彼等のリ-ダ-に殺害される。過酷な労働を強いる者と抗う者。端的に 見て、ブラック企業を表現したものに他ならないだろう。大局的な観点で言えば、独善による独裁政権打倒を目論む者や組織と言ったところだ。かくして刑事とレプリカントの戦闘が開始されるのだが、決してハリソン・ フォ-ド演ずる刑事に感情移入してはならない。ブレードランナー を観るに当たって、最も厄介な注意点だ。なにしろ彼自身がレプリカントなのだから。

体制側に操られた主人公。いわば、パソコンやスマホである。主たる思考は回路制御されたもので、今で言えば言論統制に当たるだろう。彼は物語の終盤までその認識は無い。命を懸けた死闘の末、ルトガ-・ハウア-演ずるレプリカントに生命の尊厳を投げかけられて、混乱してしまうのだ。やがて何者か気付いた時、あれだけ冷静でヒ-ロ-的に描かれた人物像が見事なまでに破壊され、自由を渇望するように無様なまでに慌てふためく。ブレードランナ -唯一の人間臭さが演出されていて、初めて彼に感情移入出来る場面だ。

自由を求めたと言うより 、生き方そのものを覆そうとし たレプリカントのリ-ダ-。彼は死を悟っていたが、仲間はそれを知らない。  

人間社会に潜入した彼等は異分子だ。与えられた任務を遂行する為、欺き、近づく。まるで現代の流動化するテロリストのようだ。この観点から 論じても驚くべき先見性だ。テロは見えないのだ。しかし、彼等は人間より生き生きと描かれている。本来の人間的欲望に従って思う存分故郷で生を謳歌している姿に、当時安月給を嘆いていた僕には輝いて見えたものだ。

彼等は皆、刑事を憐れむような眼差しをしていた。真実を知らない者を導くかのようだったと記憶している。彼等を争わせる事、つまりは創造主の厄災を露払いする事で独裁の基盤を牽牛なものとした。いわゆる分断統治だ。本流が同じでも思想を違えると紛争が長期化し、国際問題に発展する現代社会の投影に違い無い。幾つの独裁国家が打倒されたことか。頻発する地域間紛争はその時間を止めてまで平和に傾く事はあるのか。いずれにせよ罪のない人々まで巻き込んでいる事は周知の事実である。

姿を見せない独善は権益を優先し、やがて抑圧を生み出す。権利をないがしろにされた人間は憎悪へとその感情を爆発させる。作品の創造主が目を潰されたのは、何も見えていないから、必要が無いのだと言わんばかりだ。そう考えると映像の持つ力は底知れず、畏怖の念を抱かずにはいられない。あからさまに言うと映像の世界に限界は無いのだ。何を創っても良いと言う通念、無限の自由性に心が躍る。それだけ人間の本質を描き出すのは困難な作業だということだろう。

前作のエイリアンからおよそ6年の歳月を経て、ブレードランナーの世界観を作り出したリドリー・スコットの手腕には恐れ入るほかない。多様な情勢を見事に詰め込んでおり、観る者を飽きさせないのだ。どちらも未来の設定だが、行き場の無い空間、封じ込められた時間、支配される脅威、そういう軸となる主題に変わりはないだろう。だが、舞台を変えて映像で先を見据えるというのは至難の業だ。どれほどのクリエイタ-に影響を与えたのか推して知るべしだ。

エイリアンはその後、シリーズとなったが、ブレードランナーはこの最終版やディレクタ-ズカット版のような作品しか存在していない。にもかかわらず、多くの映画ファンに愛されている。あわよくば続編をと期待してしまうのは僕だけだろうか。

 今を省みて、格差の嵐が吹き荒れている。先述したブラック企業の幹部は、未だ正体不明だ。疲弊した人々は何も言えないまま、さらに抑圧され、不満を蓄積させているはずだ。映画に登場した創造主の黄金の城には、少数の権力者が存在し、僕達を見下ろしているに違いない。マジョリティの人生が圧縮されているのだ。日々がマイノリティによって創り出されている。

生き難い時代。だからといって諦めたり、脅威に屈服する訳にはいかないのだ。レプリカント達の生命を懸けた行動を思い返してみる。彼等は創られた者だ。我々には自分自身をプロデュースする力がある筈だ。 

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