大人の童話
「かちかち山」を知らない人はまず居ないだろう。わたしも幼い頃読んだ絵本の挿絵とともによく覚えている。うさぎに追い掛け回されるたぬきを見て、悪いことをするとその悪いことは自分に返ってくるのだと、そういう寓話だと思って見ていた。しかし、芥川龍之介の「かちかち山」はそうではない。絵本ではあまり触れられていない、おじいさんの心情というものが非常に美しくそして悲しく描写されているのだ。それも、たったの5ページで。読んだ方ならおわかりいただけるだろうが「はいはい、かちかち山ね。知ってる知ってる」と軽い気持ちで読み始めた浅はかな自分のほっぺたをおもいっきりつねってやりたい気持ちになる。それくらい、冒頭一行目から終わりまで身体に衝撃の走る作品だった。
さらに、短い中に何度も出てくる他の童話を指す言葉は、読み手をけして傍観者にさせてくれない。「かちかち山」は童話の中の一つの作品であるという事実を、物語そのものがこちらに突きつけてくる。「お前はこれが童話だと知っているな、私たちも知っているさ、知っているなら都合のいいとこ所だけでなく隅々まできちんと見ろ、いったい何が見える」と、問いかけられているような感覚に陥ってしまう。知っている作品、知っていると思っていた作品に内包されている深い闇を、白日のもとにぶちまけた芥川龍之介の「かちかち山」これぞまさに大人の童話である。
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