全てはここから始まった 正答率1パーセントの出題編
ゼロ年代に隆盛をきわめたミステリーorファンタジー
同人ゲーム『ひぐらしのなく頃に』は、本編の残虐性、萌えキャラの存在、謎めいた終わりに対する推理と考察で、当初同人一般参加者・およびネット住人を中心に人気を博した。
その後、徐々に知名度が上がると共に、アニメ、漫画、小説、実写映画と多彩なメディア展開を見せ、同人ゲーム『ひぐらし』からコンテンツとしての『ひぐらし』の名を世間に知らしめたのである。
その出題編たる第一エピソードが、『鬼隠し編』だ。
都会に住んでいた少年・前原圭一が引っ越し先の雛見沢村で遭遇した事件と、仲間たちへの不信がメインに描かれる本作。奇怪な連続殺人事件、仲間たちの怪しげな行動、田舎の因習に翻弄された末、仲間たちを殺し、自らも自殺する、というのが話の流れだ。
このエピソードは、仲間たちを撲殺したあと自らも喉をかきむしって死ぬというところで終わる。だが、何故主人公は自らそんなことをしたのか、本編中に答えは明示されない。それどころか、主人公すらも自殺の原因をわからずに死んでいく。
この原因を読者自らが探るのが、『ひぐらしのなく頃に』出題編の楽しみ方だ。
特に『鬼隠し編』は、正しく答えを導き出せたプレイヤーの割合が1パーセントしかいなかったことから、”正答率1パーセント”の物語として広く知られるようになる。
そんな『ひぐらしのなく頃に 鬼隠し編』を鈴羅木かりん作画のもと漫画化したのが、本レビューの対象である。故に原点たる『ひぐらしのなく頃に 鬼隠し編』の内容考察よりも、漫画としての作品内容に傾注していきたい。
作画は正直、うまくはない。だが…
もともと『ひぐらしのなく頃に』はテキストスタイルの同人ゲームだ。ゆえに、読者に説明する部分が主人公の一人称で語られる。これを漫画化するのはなかなかに大変な作業だ。
鈴羅木かりんは、『ひぐらし』を描く以前はまだ無名の漫画家だった。ところが『鬼隠し編』の作画に抜擢されるなかで、自らのスタイル・画風を確立するに至る。これは『鬼隠し編』の解答編たる『罪滅ぼし編』の作画を見れば、作者がどれほど上達したか推察できるというものだ。
反対にいえば、『鬼隠し編』は作画としてはまだまだ未熟で、キャラクターの立ち姿も表情も、まだプロと呼べるような出来では、正直、なかった。
しかし、そのなかでも、その後漫画家として急成長する鈴羅木かりんの片鱗が透けて見える一幕があった。
竜宮レナの『嘘だっ!!!』である。
主人公の友人であり良識を持つレナの、豹変。『ひぐらしのなく頃に』を代表するシーンの一つであり、ゲームのプレイヤー(あるいは読者)が、一見萌え作品である『ひぐらし』の認識を驚愕と共に改めさせられる、超重要なシーンだ。
鈴羅木かりん作画のコミックスでは、ここだけカラーページで、見開きで描かれている。つまり漫画家も編集も、これがどれだけ重要なシーンであるかを認識していたということだ。
『ひぐらし』は『鬼隠し編』だけでなく、その後も本編として8エピソード続いていく。その取っ掛かりとして、『嘘だっ!!』は絶対に外すことの出来ない演出だった。それに、無名漫画家だった鈴羅木かりんは見事応えたのである。
その後も、狂っていくレナ、魅音を鈴羅木かりんは見事に描いていく。二人の可愛らしい日常の姿に比べ、狂いはじめた二人はさながら”壊れた人形”のごとくホラー的な恐ろしさを帯び、作画も凄みを増していった。仲の良い友人たちの狂った姿は、繊細な読者に恐怖を与えたに違いない。
このギャップが、鈴羅木かりん作画の最大の持ち味になり、正答率1パーセントの『鬼隠し編』の謎を更に深める結果となった。
コミックスは2巻のみ。だが、功績は大きい
エピソード一つを取り扱っただけに、コミックスは2巻で一旦の完結を見る。
前述したように、主人公・圭一の死で物語は終わり、「誰かこの惨劇を止めてください。それだけが俺の望みです」という誰か(読者へ?)に対する圭一のモノローグで『鬼隠し編』は終了。続くエピソード2『綿流し編』へ物語が託されている。こちらの作画担当は方條ゆとりで、以降、6作目にあたる『罪滅ぼし編』に至るまで、漫画家・鈴羅木かりんの出番はない。
だが、後続の漫画家たちに漫画・『ひぐらしのなく頃に』を方針づけたという意味で、鈴羅木かりんの功績は大変に大きい。
時折”顔芸”とも揶揄される日常と狂気の表情のギャップは、『ひぐらし』または竜騎士07の別作品『うみねこのなく頃に』を漫画する上で非常に重要なファクターとなる。『ひぐらし』『うみねこ』のコミカライズを担当した各漫画家たちは、鈴羅木かりんが開拓した方針に倣えたところも大きいだろう。
そうした実績を称えられてか、鈴羅木かりんは『鬼隠し編』『罪滅ぼし編』だけでなく、最終章たる『祭囃し編』と番外編『賽殺し編』の作画を任されている。
特に、数多の悲劇と惨劇を繰り返した『ひぐらしのなく頃に』の最高の結末を描いた『祭囃し編』を担当したことは、鈴羅木かりんにとって最高の名誉であり、万感の思いが去来したことに違いない。『ひぐらし』での成功が功を奏してか、以降、鈴羅木かりんは『青鬼』など、グロテスクなホラー作品で多く活躍するようになる。
大ブームを巻き起こした『ひぐらしのなく頃に 鬼隠し編』。一人の漫画家の出世作としても、大変に意義のある作品だ。
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