夢のショートショート
九井先生といえばダンジョン飯がすっかり有名になりましたが、星新一ファンの私としては、この作品への思い入れが強いです。出版された頃流行りの漫画は萌え系かテーマが重い作品が多く辟易していましたが、現実のはざまに見え隠れするファンタジーを、さらりと描く作風につよくひかれ、何度も読み返しました。ファンタジー一色でない日常にもどこかきらめきが隠れている、それがたまたま見つかった時のような感情を抱く作品です。星新一作品のオマージュかと思えるような短篇も見受けられます。近未来とも現在ともつかない架空の時代を、タイムスリップしてカメラで覗き見しているような。でも甘やかさばかりでなくどこか懐かしかったりほろ苦い気持ちを覚えるのは、今はまだ時を超えられない人類のジレンマだけでなく、完璧にファンタジーであるのに、必ずどこかに存在しているのでは、いつかこのような未来が来るのでは、と思わせる作者の表現力にあるのです。本当は実在していないもの、あるいは実在が証明できないことをあたかも本当であるかのように表現できるのは、夢のように甘く描きすぎるとそらぞらしくなりがちです。しかしこの作品で不思議に心地よいリアリティを感じるのは、九井先生の画風や表現力に緻密な冷静さがあるからにほかなりません。現実とファンタジーがほどよいバランスで共存するこの作品は、私にとってもはや漫画を越えた、心の中で大事にしている風景のような作品です。
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