感じとれ! 少年たちの熱き小宇宙!
90年代を代表する名作! 説明不要の『聖闘士星矢』!
『聖闘士星矢』について、説明が欲しい人はいるだろうか。おそらくは、あらすじを聞かずとも大体の人ーー普段漫画を読まない一般人も含めてーーが『聖闘士星矢』について説明が出来るはずだ。
小宇宙、ペガサス星矢、アテナ。それらのキーワードは、『聖闘士星矢』を読んだことがなくとも一度は耳にしたことがあるだろう。『北斗の拳』や『キン肉マン』のキーワードが、世代年齢問わず知られているように、『聖闘士星矢』もまた、黄金期たるジャンプを支えた、誰もが知る作品、いわば殿堂入りした作品なのである。それは一定の世代(おそらくは、星矢アニメ放映当時子供・中高生だった世代)を示し、「星矢世代」あるいは「世代」という言葉が今なお使われている事実にも表れている。
では、『聖闘士星矢』の何が「星矢世代」を生み出し、今なお若い世代を取り込み続けるに至ったか、具体的に次項から検証していこう。
細かいことは気にするな! 車田御大の魂を受け取れ!
唐突で申し訳ないが、別の漫画の話になる。島本和彦作『アオイホノオ』だ。
漫画家を目指す青年・ホノオは、車田正美の『リングにかけろ』を読む。「リンかけは面白い」「だがこのパンチ…変じゃないの?」と突っ込みを入れるのだ。キャラクターが後ろを向きながらストレートパンチを繰り出し、相手が吹っ飛ぶという構図は確かに変で、突っ込みたくなる気持ちはわかる。
しかし、ホノオはそんな車田正美作品を皮肉ったような漫画を集英社に送り、逆に編集者に一蹴されている。「君は車田正美のベタを見習え!」「車田正美のベタを見習わなければ…ダメだ!」と宇宙の背景をバックに、見開き二ページ連続して殴られるのである。
この一連のエピソードは決して卓越したダイナミック表現をギャグに変える『アオイホノオ』独自のものとして捉えるだけはいけない。この編集者の拳は、そのままファンの心なのだ。
『聖闘士星矢』だけでなく、車田正美作品は作品内での矛盾、設定無視、なんだかよくわからない攻撃…と読者の想像を超えた展開が次々と出てくる。一度死んだキャラクターが蘇るのは当たり前で、ドラゴン紫龍は作中四回ぐらい死んで二回失明している(ちょっと判定が怪しいところもあるので、詳しいデータは他の考察者の見解も交えたいところだ)。
だが、それについてツッコミも考察もディスりも一切不要だ。無粋なのだ。「そんな細けぇこたどうでもいいんだよ」と江戸っこよろしくミエを切りたくなる。しかもミエを張るのは作者車田正美でなく、ファンが、である。
それが車田正美の最大の魅力なのである。
『聖闘士星矢』は熱い。確かにぶっとんだ設定も多いし、同じようなバトル展開が続いてがっかりすることもある。だが、『聖闘士星矢』の根幹にあるのは構成の妙でも卓越したストーリーでもなく、キャラクターたちの熱さだ。
キャラクターたちがその場その場を全力で、命を懸けて戦う姿に、読者たちが魅了されるのだ。
残念ながら筆者はこの魅力に対し、「熱さ」に変わる言葉を長年見つけられていないのが正直なところである。しかしながら、これに関してはどんな修飾過多な言葉を探しても、あるいは有名な国語学者に聞いても、きっとそぐわない気がする。
週刊少年ジャンプの言葉を借りるなら、「友情・努力・勝利」。それを三つ合わせてドリップし、ドロドロに煮詰めた言語化できない”何か”。
あるいは、『聖闘士星矢』自身の言葉を借りてーー「小宇宙」。
それが『聖闘士星矢』ならびに車田作品の魅力なのだ。
豪快爽快・そして強く! やがては消えゆく、戦士たち
形容しがたい熱を作品内に備えた『聖闘士星矢』であるが、はっきりと明言できる魅力もある。
それは”キャラクターの生きざま”だ。
『聖闘士星矢』に出てくるキャラクターたちは、ほとんどが戦士だ。己の使命、運命を背負って生きていき、敗れて死ぬ。自ら目を抉り主に情報を託して死んでいった者もいれば、宇宙の塵となって消えた者もいる。そのなんの後悔もなく消えていくキャラクターの姿に、各キャラクターに情を移していた読者たちは悲しみ、あるいは涙したことだろう。
特に、嘆きの壁を破壊するため、星矢たち青銅聖闘士にアテナを託し消えていった黄金聖闘士たちの姿は、それまで読んできた読者たちの心に深い悲しみと感動を与えた。
まだ20代の彼らが、かつて自分たちに打ち勝った若い少年たちに未来を託し命を散らす。そのなかには氷河の師匠だったカミュや紫龍の師匠だった童虎もいる。かつて非道と罵ったデスマスクもいる。アテナを弑逆しようと目論んだサガもいるし、サガの魔の手からアテナを守ろうと命を散らしたアイオロスの姿もあった。そんな彼らが作中で初めて12人全員結集し、魂だけとなってもなお、アテナのために戦い続けるーー。
読者によっては深く悲しみ、嘆いた人もいるだろう。当然だ。それだけのことを黄金聖闘士たちは達成した。
だが、不思議と納得が出来るのだ。なぜか。
それは車田正美が、作中で戦士たちの生きざまを描ききっているからだ。「悲しいけれど、彼らなら迷いなくそうしていたはず」と思わせる描写を、車田正美が作中のなかで仕込んでいたからだ。この”読者に譲渡する形での行動的伏線”というものが、車田正美のたぐいまれなる才能なのである。
この”読者に譲渡する形での行動的伏線”は、『聖闘士星矢』を長年支えるファンの原動力ともなり、繰り返される考察と推察とで『聖闘士星矢』ファン業界は常に賑わいを見せている。こうしたファンの動きは『聖闘士星矢』というコンテンツを支え続け、OVA、スピンオフ作品、ゲーム化映画化…と更なる広がるを見せたのだ。
そして待望の、車田正美による正統続編『聖闘士星矢 NEXT DIMENSION 冥王神話 』の連載にも繋がり、『聖闘士星矢』ワールドは連載開始30周年を迎えて更なる広がりを見せている。
筆者は一読者として、また『聖闘士星矢』ファンとして、ここからの躍進に大いに期待したい。
だから『聖闘士星矢 NEXT DIMENSION 冥王神話 』早く連載再開してほしい、と心から願うのである。
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