無残なまでの純粋さと一途さが清々しい哀愁を呼び起こす - 坂の上の雲(第2部)の感想

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坂の上の雲(第2部)

4.004.00
映像
4.50
脚本
3.00
キャスト
4.50
音楽
4.50
演出
3.00
感想数
1
観た人
1

無残なまでの純粋さと一途さが清々しい哀愁を呼び起こす

4.04.0
映像
4.5
脚本
3.0
キャスト
4.5
音楽
4.5
演出
3.0

目次

暗躍する政治家と純粋無垢な武官

近代国際国家の仲間入りを焦る大日本帝国にとって、初めての大々的な対外戦争であった日清戦争の大義名分は「独立国家としての朝鮮国の確立」であったが、実情は極東アジアの利権争いである。近代的装備を有していた日本が、旧態然とした清国軍に戦争を仕掛けるのは、高校生と小学生の相撲のようであったに違いない。そのことが分かっていながら、自国の優位性を視野に傍観したイギリスやロシアなどの西洋列強国との交渉を担う政治家たちの暗躍は、特に小村寿太郎(竹中直人)辺りの描写がなかなかスリリングである。ことに、南下を目指すロシアとの対立に備え、イギリスと手を組もうとするあたりは、現代日本の政治家たちの姿も垣間見えて興味深い。戦争回避に向け、ロシアとの協調協商を目指した伊藤博文(加藤剛)だったが、山縣有朋(江守徹)という同郷出身政治家に敗北する形で断念する。この辺りは史実であり、加筆修正のできない部分であるから淡々と進んでいるが、歴史に興味がなく、史実に疎い人にとってはわけのわからない場面かもしれない。伊藤のぎりぎりの決断に、ロシア駐在武官の広瀬武夫(藤本隆宏)が意見を述べたり、明治天皇(尾上菊之助)が伊藤の立場を斟酌するあたりはとても面白いのだが。この広瀬はロシアを最も恐れ、最も愛した武官である。この広瀬武夫、ある意味第二部では主人公たちより重要かつ印象的な役どころといっても過言ではあるまい。主人公の一人である秋山真之(本木雅弘)とは親友である。かつて二人でその建造を見学し、夢と希望を語り合った「戦艦朝日」に乗船、対ロシア戦の陣頭に立つことになるが、その戦場にはかつて恋人を争った男ボリスも参戦していたのだからドラマとしてかなり盛り上がるところである。世界情勢を思い、戦場では互いに母国にために戦おうと誓い合って別れた二人だったが、現実となってしまうという設定だ。現実離れしているなあと思いつつ、見入ってしまう。マルタ共和国で撮影された海戦場面も圧巻である。ただ、広瀬武夫の人間性をクローズアップするあまり、戦争を少し美化していると受け取りかねない表現になっているところは残念だ。この広瀬散華の場面を「戦争は人間味あふれる一人の男の夢も恋も友情も散らしてしまう惨いもの」ととるか、「立案した者と実行する者の友情と、国境を越えた友情の美しさと儚さに思いを馳せる」のか、視聴者に委ねるには少々重たいのではないか。

戦争だけが男の戦場ではない 銃の代わりにペンで戦った男

第一部ですでに重篤な症状だった正岡子規(香川照之)だが、ここにきていよいよ深刻な状況になっている。死を目前にした子規の壮絶さも然ることながら、妹である律(菅野美穂)の献身的な看病もまたすごい。というより、役者さんたちの力量がすごい。命から削り出したような一句が、飄々とした印象を与えるのが天才の天才たる所以だろうと思わせる演技力である。この辺りは俳句に興味のない人でも心に何かが刻まれるのではないか。ただ、妹の健気さと秋山真之の愚直さが痛い。正岡律の献身ぶりは史実であるが、何が彼女にそこまでさせていたのか甚だ疑問である。兄に対する敬愛の情か?母正岡八重(原田美枝子)の教育か?女性はこうあるべき的思考か?まあ、2度までも自我を通して離縁しているところを見ると、やはり兄に対する敬愛の情なのだろう。っていうか、秋山真之!律の気持ちに気づいてやれよ!と視聴者のほぼ99%が地団太を踏んだに違いない。まあ、そのあたりが作者の真之観なのであろうが。もっとも史実として真之と律は結婚していないから、ここで勝手にくっつけるわけにはいかないが。

子規の最後はこの上なく静かだった。不謹慎ではあるが、その静かな死にほっとしたものである。子規の壮絶な闘病と同時進行の創作活動は、秋山の心に熱い火を灯すのだが、具体的な発散場所はまだ無いのだ。その後の真之は鬱々と教官をしているようにも見えるし、教鞭をとることが天職であるかにも見える。子規の絶句「をととひの 糸瓜の水も 取らざりき」を見ても、子規はまだ心に火を持っていることがわかるが、生きている間に使いきれなかったその心の炎が、秋山真之に憑依し、そのあまりの熱さに真之自身が戸惑っているようにも思える。子規の心が入り込んだ真之にとって、律を妹としてしか見れなかったのも当然か。かわいそうなお律ちゃん。って感じだが。その後の律はやっと自分の人生を歩み始めるが、あのまま子規の看病が続いていたとしてもきっと律は幸せだったのではなかろうか。ドラマの中では触れられないが、退官後の秋山真之の人となりに多大な影響を及ぼしたであろう(無常観というべきか)この出来事は圧倒的な存在感を放つ。

敵と味方 華族と庶民 理想と現実

秋山好古(阿部寛)の人としての器の大きさや、思考の根源に触れる場面が随所にちりばめられている。そもそも弟に相当厳しく、差別的とさえ言える兄として存在した好古だが、苦労して手に入れた教職につくという夢を、弟真之の生活と就学のためになげうっている。理想と現実のギャップを度量で埋めたというところか。そもそも現実の秋山兄弟には「教える」という才能があったのだろうか。二人とも教鞭をとっている。花が咲いたのは軍人としてだったが、職業軍人であるとの割り切りが垣間見えるところが特に印象がよい。特に好古は自由人で豪放磊落、大酒のみという描写だ。かの袁世凱との絡みは史実なのかどうかは知らないが、ドラマ全体で必要な場面だったかは甚だ疑問ではある。展開の基盤にするなら他にも方法があったのではなかろうか。ロシア軍人との交流もしかり。

真之の新居に律が訪ねてくる描写があるが、少々心が痛む場面である。律が持ちえなかったものすべてを季子(石原さとみ)が持っているような表現をあえて用いている。子規のくだりもあり、律の現実と季子の現実。この対比は見事なほど無残だ。幸せそうな真之にも少々腹立たしさを覚える。これが演出者の意図なら、見事にはまった人も少なくないだろう。ただ律の吹っ切れた感が救いか。

親と子 保護する側とされる側

日本がまだ武士の時代、幼少期から親への恭順を叩き込まれてきた。ちょんまげは無くしても、その慣習はなかなか抜けるものではないのだろう。明治時代が江戸時代の延長であることを如実に示しているのが、好古の勤勉さと真之の爛漫さの対比であり、そうさせたのが親との関係である。家督を相続し、家長となる者の立場と、悪く言えば冷や飯食いとなるしかない者の立場。どんなに貧しくとも武家であることが好古の足かせとなっているのは想像に難くない。好古はきっと優しい面倒見の良い性格なのだろうと思わせる描写が随所にあるが、特に馬を労わるシーンが印象的に描かれている。のちの好古の活躍の序章というところか。いずれにせよ被保護者ではなくなった真之は、その爛漫さを持ったまま坂を駆けのぼってゆく。広瀬の坂は突然崩れ去るが、伸ばしたその手は雲に触れたのだろうか。広瀬は最後までロシアを敬愛していた。広瀬の雲は最果ての地ロシアに続いていたのだろうかなどと考えてしまう余韻の残る映像である。

愛と友情

先にも触れたが、広瀬はロシア駐在武官時代にアリアズナと淡い恋をしている。そのアリアズナをめぐり恋敵と親友となるが、その場面は友好的かつ平和的に描かれている。また、真之と子規の友情、季子と律の(心の中だけではあるが)友情など、おおよそ戦争を描いたドラマとは思えない美しい時間を緊迫した戦闘シーンと混ぜ合わせることで、戦争の悲惨さをより強調していると同時に、軍人の日常の安穏を際立たせる効果を生んでいる。このことが、劇中を通して「青空のような清々しさ」を感じさせる配慮であろう。この「青空のような清々しさ」は「坂の上に広がる青空」を表しており、登場人物が追い求める希望や夢を表す「雲」を包み込むのがその「青空」であり、物語のテーマの根源であると考えるなら、演出効果としては素晴らしい成功を収めている。夢を(雲を)追い求め、苦難の道(坂道)をものともせずに駆け上ろうとする若人の美しさが胸を打つ。

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