温かなエピソードも争いの渦にのまれていく
没落貴族の娘として
明治。遊郭に売られた姉妹。共に恵まれた容姿をしていたが、姉は遊郭での仕事に耐えられずに自殺をする。しかも共に働く女郎も巻き込んで…。姉のほうは、お客の相手をすることがあまりにも苦痛だった。そりゃそうだ、もともとそんなこととは縁のないお金持ちの華族の家の娘。大人だからこそ苦しい、プライドというものがある。周囲の女郎を巻き込んだことはあまりにも罪。彼女なりに囚われた同じ仕事に苦しむ人を助けるつもりだったかもしれないが…死んでしまっては元も子もない。
そんな姉の弱さが分かっていた妹の鈴。彼女は頭がよく、察しもよく、外の世界に夢みて生きていた。小さい体でたくましいその心意気。お嬢様としての気品が残る少し上から目線の態度。でもツンデレ。そのキャラクターにハマった人は多い事だろう。鈴がまともでいられたのは、お客の相手ができる年齢ではなかったということもあるだろうけどね。姉と同じ境遇下で夢み続けられたかはわからない。
そんな鈴を身請けしてくれるという津軽という男が現れた。賢い鈴を気に入ったらしい。少しずつ津軽に惹かれていき、感謝以上の感情を抱くようになる鈴。でもそれはとてもゆっくりで、あたたかく、津軽の「探し物屋」の仕事の1つ1つが大切な出来事。かなりの社会勉強になっていたと思う。鈴を買うために親に借金してまで買ったというのが重しになって苦しい展開もあるが、鈴も津軽もいい人で、一生懸命働いている姿が好印象だ。時々出てくる姉の苦しみの絵が心を締め付けるが、たくましく生きている鈴を見ると元気がもらえる。
大切にしているモノには心がある
優しい津軽とちょっとツンデレな鈴。どちらも賢く、「探し物屋」として誰かが見つけてほしいというモノを見つけてあげる仕事は好調であった。1つ1つ丁寧に解決していくので、長い漫画になりそうだなーと思っていた。鈴たちを遊郭へと売った家族のこともいずれは描いて終わっていくのだろうと。しかし、途中から殺人事件勃発。しかもそれには鈴に原因があるとかないとか、津軽の過去や仕事が関係しているとか…どんどん怖い展開に。もはやそれは誰かの探し物じゃないと思うのだが、完全に推理漫画へと化す。かわいい探し物屋なんかじゃなく、もはやどんな事件も解決する探偵業だ。
しかも、鈴が自分がお金で買われたから手に入れた幸せだと心のどこかで思ってきたことが完全に闇を作り出す結果に。捨てられる・津軽を失う恐怖、自分自身の身の安全、いろいろなものがドロドロの展開へ発展する。あの序盤のほわほわした世界は消え失せて、みんなの命が常に危険な状態へ。この先がどうなるのか気になるのに、推理もしつつ頭はとても疲れる感じだ。
最終的には、佐之次の裏切りから河内、津軽の両親、大切なお店、すべてを巻き込んで殺しと犯罪が渦巻く。物語の核心に迫っていけばとんでもない展開になるのかなと思ったが、結局は鈴の家族に原因がやってきて、それでも津軽は君を手放さない…という流れだった。わざわざこんなにド派手に事件を起こそうとは予想ができなかったためおもしろかったと思う。
何回裏切らせればいいんだ
もはや佐之次は誰?佐之助?さらには六郎。様々な事件の根本には貧困と虐待があり、温かさに飢えた人間があるってことだ。そしてどこまでも外道な奴がそういう人物を利用するんだ。六郎は確かに鈴を身を挺して守っていたのだから、いい人には変わりがないはず。春時に仕えながらさらに裏切って遠峰に使われていた六郎。何を言われても拒否権はなかっただろう。彼にとっての生きる道だったことだろう。彼の登場によって、小さなころに彼が受けた差別と、鈴の経験した差別の道のりが比較され、お前なんかより俺のほうが…という気持ちもちらつかせる。そこで乗り越えたのは確かに鈴の力であり、津軽の力。六郎は今まで人に恵まれなかったけれど、これからは春時、鈴、津軽、河内がいるから、きっと大丈夫。そんな気持ちにさせてくれるいいキャラクターだった。六郎との出会いによって鈴の中にも変化が生まれ、自覚して、それでも強く生きていくと決めた彼女がいた。
春時がよかったよ。鈴とは兄妹…だけれど血はつながっていないという事実。鈴に対して持っている憎しみと愛情。愛しているのか憎んでいるのかわからないけれど、手放すわけにはいかない気持ち…情熱的だった。鈴のところに兄として戻ってきてくれて、これで三角関係が盛り上がる…!と喜んだ私なのであった。遠峰には死ぬ罰ではなく、生き続けて苦しむ道を選ばせた彼らはかっこよかった。
恋の行方は
なぜ…なぜどちらかを選んでくれなかったのか…!津軽でも、春時でもよかった。そりゃー津軽にいく可能性は高かったけれど、途中で登場した春時があまりにも心そそるキャラクターだったのでね。
鈴があまりにも幼いということはわかっている。しかし、春時ならどんな鈴でも抜群に愛してくれるはず。津軽は年齢差や身請けのこと、立場や家との関係、何より鈴をそんな気持ちで買ったんじゃないという意地などなど…抱えているのがめんどくさすぎる。鈴を大事にしていることに変わりはないのに、そこに恋愛感情が生まれてはいけない気がするのも確かだった。大人になるまで待ってて…なんて生殺しも辛いし…。
ここで、超ファインプレーをかましたのが河内。今までどうしようもない奴だと思ってきたけれど、さすが親友。
鈴が言いたいことを告げればいい。鈴の願いを叶えないような奴らじゃない。
そうそう。鈴がこうしたいと言えばいい。そうすれば絶対に彼らは叶えてくれるはずなのだ。よく理解しているね親友。一気に主要キャラへと昇格したよ。
春時からみれば、鈴が津軽を想っていることは明白だったかもしれない。それでも、兄と津軽と暮らしたいと言ってくれた妹のかわいさを考えれば、うんと言えないわけがなかった。16歳になったらもう兄じゃないかもしれないけどね。そのタイミングをずっと待っているよ。恋のバトルはこの漫画では繰り広げられなかったけれど、鈴の1つの闇を払拭させるためにこの第1部があったと思えばいいだろう。
続編で恋は形になるか
「明治緋色奇譚」では鈴が改めて家族と、津軽と生きていく道を選ぶという終わり方だった。続編では、どうやらもっとシリアスな推理展開になっているらしい。もちろん、ここから大事なのは津軽の恋だ。鈴はもうできあがっている。あとは津軽が踏ん切りつくかどうかだけ。そして春時がどう行動するかだけだ。春時が譲ってしまうことはもうだいたい予想できているのだが、隙があればすかさずかっさらってほしいなと強く思っている。また、序盤に登場していた叶がイケメンになってちょろっと攫いにやってくるはず。それもとても楽しみだ。
「明治メランコリア」って、すごく悲しい、鬱の気持ちを表した漫画になるの…?という不安があるタイトル。果たして、作者はどうするつもりだろうか?もちろん、心も体も成長した鈴と、周りの環境の変化が混ざって、思春期らしい悩みがたくさん生まれるのだろうけれどね。甘い少女漫画にならないことは確かだろう。
明治のまさに文明開化の時代、新しいものがどんどん外から入ってきて、自分たちもどんどんアップデートされていく。活気ある時代を舞台に描かれた漫画やドラマは本当にたくさんの種類がある。それはやっぱり、そんな大きな潮流を世の中が求めているのだろうし、鮮やかさは今と比べると明治のほうがすごかったんだろうね。
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