チリの反革命クーデターをドキュメンタリー・タッチで再現したポリティカル・ノンフィクション映画の傑作 「サンチャゴに雨が降る」 - サンチャゴに雨が降るの感想

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チリの反革命クーデターをドキュメンタリー・タッチで再現したポリティカル・ノンフィクション映画の傑作 「サンチャゴに雨が降る」

4.04.0
映像
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脚本
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キャスト
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音楽
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演出
4.0

サイエンス・フィクション(SF)に対して、ポリティカル・フィクション(PF)というジャンルがあると思います。映画で言えば、アメリカの統合幕僚会議議長、つまり軍の最高指揮官が軍事クーデターを企てるジョン・フランケンハイマー監督の「5月の7日間」とか、アメリカ戦略空軍基地の司令官が発狂して、米ソ間で水爆戦争が起こり、世界が破滅してしまうというスタンリー・キューブリック監督の「博士の異常な愛情」などがこれに当たるかと思います。

ところが、この「サンチャゴに雨が降る」に描かれたチリの反革命クーデター、アジェンデ大統領の殺害は、政治を扱った点でまぎれもなくポリテイカルなのですが、現実にあったことのかなり忠実な再現ですから、これは"ポリティカル・ノンフィクション"と言った方がいいのかも知れません。

この映画のお手本としては、アルジェリアの対フランス独立戦争を再現したジーロ・ポンテコルボ監督の名作「アルジェの戦い」、さらにこのジャンルを最も得意とするコスタ・ガブラス監督のギリシャの進歩派政治家暗殺事件を再現した「Z」、チェコのスターリニズム粛清によるスランスキー事件を再現した「告白」、ウルグアイの政治犯罪を再現した「戒厳令」といった作品があると思います。

この「サンチャゴに雨が降る」は、まさにこうした系列に属する作品なのですが、なにしろチリの事件は、全世界に大きく伝えられた大事件であり、観る方の気持ちにも生々しいショックがあります。

この作品は、フランスとブルガリアの合作映画ですが、撮影は全部ブルガリアで行われたそうです。題材からして当時の軍事政権のチリでロケが出来ないのは当然ですが、市街地での大規模なロケ、大群衆のエキストラ、軍隊、戦車の群れ-------となると、当時の社会主義国ブルガリアでしか撮影出来なかったのかも知れません。

1973年9月11日の朝、サンチャゴは晴れていました。それなのにラジオは「サンチャゴは雨が降っている」と繰り返します。これが、軍事クーデターの急を市民に告げる暗号らしいのです。いやしくもこの時はまだアジェンデ大統領を頂く人民連合(UP)の政府で、政府側が暗号で連絡し合うなんておかしな気がしますが、それほどチリの国内情勢は緊迫し、人民連合側は追いつめられていた、ということなのかも知れません。

映画は、この暗号を聞いてベッドから起き上がる人、さらに同志に連絡するために駆け出す人、電話をかける人-------などを点描して始まります。アメリカ海軍との合同演習で出動していたチリの艦隊が、急にバルパラインに寄港し、そこの軍隊からの通信が途絶えます。サンチャゴの兵営では点呼が始まり、戦車隊が出動し始めます。遂に、反革命クーデターが始まったのだ、という冒頭です。

あわただしい動きを見せる人物たち。フランスの特派員カルベ(ローラン・テルジエフ)とその妻(ビビ・アンデルソン)、彼の親友で今は大統領報道官のオリバレス(リカルド・クッチョーラ)とその妻(アニー・ジラルド)、人民連合幹部の上院議員(ジャン=ルイ・トランティニャン)、繊維工場労組の指導者ゴンザレス(モーリス・ガレル)などです。

工場ではバリケードを築き、工科大学では泊まり込んでいた大学生たちが武器を取ります。何人かがかけつけた大統領官邸のモネダ宮殿では、大統領の娘で秘書のイザヘル(ニコール・カルファン)も立てこもります。この現在進行形の中に、各人物それぞれの何段階かの過去の回想が挿入されていくのが、このドキュメンタリー・タッチの映画の構成なのです。

三年前に中南米で初めて合法的な選挙によって左翼政権が誕生した輝かしい勝利の時のたかぶり。革命の成果があがって、労働者やその妻たちが踊り歌った工場の大ホールでの喜びの思い出-------。

アジェンデ当選の夜、ビルの窓からそっとそれをのぞいているアメリカの巨大多国籍企業の電信電話公社(ITT)の支配人の姿が映画に出て来ますが、人民連合打倒のためにITTの多額の金がばらまかれたうえ、CIAの介入もあったことは、後にアメリカ議会で明らかにされています。

南北縦断の鉄道網のない当時のチリでは、トラックによる陸上輸送が大きな比重を占めていましたが、その56,000台のトラックにストライキをさせるために、"スト補償"として提供された金が、アメリカから出ていることを映画は暗示していました。これと各種の生産サボタージュ、エル・テニエンテ銅山の長期ストライキなどによって、1969年の食糧価格を100とすると、1972年10月にはそれが546にまでなっていたのですから、その苦しい生活の中で、多くの労働者や学生がなお人民連合とともに戦おうとしたことはむしろ奇跡に近く、これが一つの精神的な"理想"を守る戦いであったことは明らかだと思います。

そして、銃撃、爆撃にさらされた大統領官邸から、アジェンデ大統領が最後に国民にラジオで送った最後のメッセージ-------「彼らはわれわれを圧倒するが、歴史はわれわれに味方する。誰かがこの困難な道を切り開き、そしてより良い社会が生まれ、多くの人が国家再建に努力するであろう」は、実に悲痛です。

クーデター後の労働者、学生に対する弾圧や虐殺も、大規模な撮影で再現されています。そして、人民連合派のノーベル賞詩人パブロ・ネルーダの葬儀に示された民衆の抵抗-------。

それらは十分に感動的なのですが、政治というからくりと人間の暗い深淵をのぞき見たような深沈とした怖さ-------というような点で言えば、「Z」や「告白」には及ばないかも知れません。それは、監督・脚本のエルビオ・ソトー自身が、このクーデター後にフランスに亡命したチリ人であり、演じているフランス、イタリアの俳優たちも、当時のチリ軍事政権に抗議して無料出演を買って出た人々であるというような、切実な事情から挫折の苦い味というよりは、怒りが生々しく、善悪の対比がストレートであることから来るのかも知れません。

つまり、まだ彼らの戦いは続いているということなのです。それが良くも悪くもこのセミ・ドキュメンタリーの大作の特徴だと思う。この失敗に終わった20世紀後半の偉大な"政治的実験"の顛末を覚えておくために、観ておいておくべき映画であると思います。

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