テニスの王子様と通過儀礼~越前リョーマのイニシエーション~ - 新テニスの王子様の感想

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新テニスの王子様

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キャラクター
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設定
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演出
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テニスの王子様と通過儀礼~越前リョーマのイニシエーション~

4.54.5
画力
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ストーリー
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キャラクター
5.0
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演出
5.0

目次

通過儀礼って?

「通過儀礼」という言葉は、一般的にもよく使われる語である。大抵はある新しい場に入っていくときや、節目を迎えるときに行われる行為のことを指す。七五三や、成人式なども通過儀礼だ。この通過儀礼の研究において大きな影響力を持った学者が、オランダ系民族学者・ファン=ヘネップである。ファン=ヘネップは、社会をたくさんの部屋を持った家屋のようなものととらえ、通過儀礼をその部屋から部屋へ通過させるための儀礼だと考えた。そして、その通過儀礼とは分離・過渡・統合という三段階を経るものだと説明した。

この通過儀礼の三段階がよく表されている儀礼に成年式(イニシエーション)がある。このイニシエーションは、こどもと大人の区別がはっきりとしている社会ほど、分離・過渡・統合が明確にされた、厳しい儀礼を課されるケースが多い。例えば、パプアニューギニア・サオス族の「血の成人式」などがそうである。サオス族の男性(子ども・青年)は、大人になりたいと思ったら、「血の成人式」への参加表明をする。参加することを決めたら、参加する男性は母親との最後の食事を取り、(成人式を終えれば母親と食事をすることができなくなるため)成人式の当日、川で身を清め、葉っぱで周囲から区切られた空間の中に入り、その中で身体中にワニの模様をカミソリで彫っていく。この儀式は当然のことながら激痛を伴うため、参加者は麻薬効果のある草を噛んでひたすらに耐える。ワニの模様である理由は彼らの神がワニだからである。模様を彫りこむことで特別な力を身につけ、一人前の大人になることができるのである。この儀式に耐えた男性は幼名を捨て新しい名をもらい、成人男性しか入れない特別な家に入ることを許される。

この「血の成人式」中の行為を一つ一つ分離・過渡・統合に当てはめると、母との別れ、身を清める行為が、今まで一心同体だった母親とこれまでを過ごしてきた世界との「分離」になる。ワニの模様を彫りこむ過程が「過渡」である。「過渡」の段階は、どの成年式でも試練が設定される場合が多い。そして過渡を乗り越え見事成人し、大人の仲間入りをする段階が「統合」である。一度今までの世界から離れ、試練を与えられ、それを乗り越え次の世界に統合するというのがファン=ヘネップの言う通過儀礼、特に成年式の基本形である。

越前リョーマのイニシエーション

ここまで通過儀礼の説明に長々と時間を割いてしまったが、そろそろ本題に入ろうと思う。さて、それではこの通過儀礼がテニスの王子様というスポーツ漫画にどう関係するのだろうか。原作を読んでいる方ならここまで読んでお分かりになっているかもしれない。そう、全国大会の決勝戦、青春学園と立海大附属中との戦いの中の幸村精市と越前リョーマの一戦は、まさに越前リョーマにとってのイニシエーションとしての役割を果たしているのである。

まず、越前リョーマは決勝戦の前に記憶を失ってしまい、まるで別人、テニスの仕方も忘れてしまう。これが第一段階、「分離」である。記憶を失う前まで超絶技巧のテニスプレーヤーとして戦い続けてきた彼にとって、テニスを忘れてしまうというのは、これまで生きてきた世界からの隔絶に他ならない。実際に2014年に上演されたミュージカル版では、リョーマが一度胎児に戻ったことを示唆するような演出がなされている。テニスを忘れるということは、リョーマにとって世界が一度リセットされてしまった状態と同じなのである。

その後リョーマは記憶を回復し試合に臨むが、ここで試練が訪れる。幸村精市のテニスに圧倒され、イップス状態に陥り、視覚も聴覚も、五感の全てが奪われた状態でのプレイを余儀なくされる。これが言うまでもなく第二段階の「過渡」である。この「過渡」の中の試練において、リョーマは「テニスってこんなに辛かったっけ」と、今まで持っていたテニスへの絶対的な自信、信頼を失いそうになってしまう。しかし、それでも諦めずに無我夢中でくらいついていくうち、リョーマはテニスを始めた頃の純粋にテニスを楽しむ気持ちを思い出し、天衣無縫の極みへと到達する。この天衣無縫の極みへの到達こそ、第三段階、「統合」である。厳しい試練を乗り越え、これまでいた世界とは違う、天衣無縫の極みという世界へ到達した越前リョーマは、この幸村精市戦を糧にして立派にイニシエーションを成し遂げたといえるだろう。

おわりに

テニスの王子様と通過儀礼、特に越前リョーマの全国大会決勝戦におけるイニシエーションについて記述させていただいたが、いかがだっただろうか。書いていて感じたことは、この決勝戦の例のように劇的なイニシエーションを見つけるのは難しいだろうが、テニスの王子様のほかのキャラクターにも、あるいは、他の漫画作品にも、小さなイニシエーションは多く見つけられるのではないだろうかということである。少年漫画、特にバトル漫画やスポ根漫画は、試練と、努力と、勝利の繰り返しである。勝利の先にはまた試練があって、この三要素は延々と続いていく。それが物語の醍醐味であるからだ。通過儀礼、イニシエーションという概念を念頭において漫画を読んでみると、新たな世界が見えてくるかもしれない。

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前作「テニスの王子様」の設定を継承するも、描く視点が変化新テニスの王子様は2009年頃から連載が開始された、テニスの王子様の続編に当たる作品。当該作品を語る上で、多少なりともテニスの王子様の世界観に触れておく必要がある。テニスの王子様は、主人公、越前リョーマが青春学園中等部テニス部のメンバーと様々な試練を乗り越えながら、全国大会制覇を目指すストーリーである。よくあるスポ根漫画とは違い、主人公は至ってクールな性格な上、天才プレーヤーである設定だ。一匹狼で他者を寄せ付けなかった主人公だが、テニス部の活動の中で、部員同士の絆やライバルたちとの交流を経て、人間味あふれる魅力的な主人公に成長していった。全国大会後、越前リョーマはアメリカへ旅立ってしまうのだが、「新テニスの王子様」はその間のストーリーを描いている。今まで主人公が在籍する青春学園を中心視点として進めてきた物語は、氷帝学園、立海大附属中学...この感想を読む

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