視点だけでなく物語の内容自体が違う本
「世界から猫が消えたなら」とは別の物語と考えた方が良い
「世界からボクが消えたなら」(以後、本書)は「世界から猫が消えたなら」(以後、前書)に登場する飼い猫『キャベツ』に視点を置き換えて執筆されている作品です。
どちらの本も原作は川村元気ですが、こちらの本は涌井学著になっています。
ということは、もちろんのこと文体が違います。川村元気の文体は非常にシンプルで一文が短いです。
その分、1ページの中でも余白部分が多く感じられます。
まるで絵コンテを見させられているような文体で、読み手に情景を上手に想像させてくれます。
さすが映画プロデューサーといったところです。イメージを伝えるのが非常に上手いです。
一方、涌井学はというと一般的な作家の文体と呼べるのではないでしょうか。
もちろん原作が川村元気なのでなるべく川村元気に寄せている感じは匂ってきますが違うのが丸分かりです。
一文一文の長さの違いや情景や心象の描写の仕方が違います。絵やイメージ・情景が浮かびづらいのです。
正直なところ前書を読んだ時は『児童文学的だな』と感じたものですが、比べてみると内容や読みやすさも勝っているように感じます。
原作者が同じ割に差が激しいのはここだけでなく内容にも表れています。
前書では悪魔が何かを消し去っても、記憶は消えていません。
しかし、本書では何かが消し去られる度に、それに関する記憶もろとも消し去られてしまいます。
そのもののおかげで出会ったりしていると出会い自体がなかったことになります。
映画がこの世から無くなってしまうことでDVDレンタルショップは本屋に変わってしまうのです。
これはなんと寂しい物語の進み方なのでしょうか。
前書では存在していた余地というか余白部分、グレー部分がはっきりと線引きされてしまっています。
本を読む上で大切なのは想起させることであると考えます。
特にこの本はファンタジックな要素を多く含んでいる分、ちょっとつじつまの合わない部分を作っておいてあげるというか、優しさの部分を余白として残しておいた方が受け取り手には受け入れやすいのではないでしょうか。
本書ではハッキリと決め付けられる部分が多いので、感情移入しづらいです。
キャベツの言葉遣いが違いすぎる
別の物語だと考えた方がいいシリーズ第2弾。愛猫キャベツの言葉遣いが違います。
というか、まず前書では主人公とキャベツが会話できる時間が訪れます。
しかし、本書ではそのシーンがないのです。
そして、前書ではその時間内でキャベツは時代劇風の言葉遣いをするのに対して、本書では一貫して通常の言葉遣いをします。
内容がまるで違います。なぜここを省いてしまったのでしょうか。非常に個性的でいいシーンなのに。
特に前書の中では時代劇風の言葉遣いには大きな意味があります。
猫という記憶をしない生き物として生きているキャベツは亡くなった主人公の母との思い出を覚えていません。
しかし、しゃべり方だけは母と観ていた時代劇に影響されて残っているのです。
記憶には残っていなくても身体の中にしっかりと亡くなった母が息づいていることを感じられるのが『時代劇風』の言葉遣いなのです。
省くべきところではなかったのではないでしょうか。
必ず「世界から猫が消えたなら」を先に読むべき!
とにかく違う文体であり、物語としてもずれが生じているというのがお分かりでしょう。
前書を先に読んだ人はきっと残念に思った人が多いことでしょう。
元々、あった世界観をくずされるわけですから。しかし、だからといって本書を先に読んではいけません。
必ず前書を先に読んでください。
というのも、やはり決め付けすぎない美学がそこには存在するからです。
徹底的に記憶を消すことまでしない。悪魔も意地が悪過ぎない。
前書には優しさがあります。
サスペンスでもないし、緻密にシビアに物語を進めることはないのです。
余白を知ることで優しさを学ぶことがあります。人間味をそこから感じ取ることができます。
少なくとも筆者は感じました。
原作が同じの割りにここまで差が生じたのが何故なのか不思議でたまりませんが、本書はエグい内容になっています。
先に本書を読んでしまうとそのエグさが際立ってしまい、前書に存在している優しさをまっすぐ受け止めることができなくなってしまいます。(もちろん後出しなので内容の薄さもありますが)
一貫していない2冊の本はどこへ向かうのでしょうか。
難破した船のように風の吹くまま赴くままに航路を見失っています。
少なからず本には音楽や映像などと同じように受け取り手に届けたい気持ちや、導きたい方向性があるはずです。
そこがハッキリしていない2冊の本をあなたはどんな風に受け取るでしょうか。
もちろん好みは人それぞれです。ファンタジックすぎる世界観を受け入れられない人もいるでしょう。
とはいえ、先に前書が出ている以上、読者を惑わさない一貫性が欲しかったというのが率直な意見です。
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