身近にあって知らない自転車の世界
自転車と生活を描いた長寿マンガ
世の中には数多くの専門職日常マンガがある。食堂・居酒屋・本屋・花屋・等など。マンガが好きな人であれば思い当たるタイトルもあるだろう。しかしなかなか、「自転車」 を思い浮かべる人はいないのではないだろうか。本作はなんと1999年から現在も連載されている、自転車とそれにまつわる人々の日常系マンガなのだ。実に実に18年という連載である。これだけの長期に渡り連載が続いていることからも、読者に愛されて続けている良作マンガと言っても良いだろう。
主人公は97%は自転車のことを考えているという自転車オタクの小学4年生。そしてその両親と祖父が経営する小さな自転車店を舞台としている。基本的には店員とお客さんという立場から、「あなたにピッタリの自転車はこちら!」 というようなスタンスの、1話集結(数話またぐこともある)形式のマンガで、1話につき1つの自転車(車種)について語られることが多い。その自転車の歴史、時代背景、ターゲットとなる顧客、という自転車側のストーリーに加え、その自転車関係する人々の人間ドラマが本作の見どころと言える。
他の自転車マンガとのちがい
自転車マンガは少ない。車やバイクのマンガも少ないが、輪をかけて少ない印象がある。しかし少ないながらも、自転車をあつかったマンガはたしかにあり、いろんなテーマについてジャンル分けされる。例えば大ヒットした 「弱虫ペダル」 は、「高校生のロードレース」 を扱った、青春スポ根ものといえるだろう。他にも
「ロングライド (長距離ツーリング)」
「ポタリング (自転車の散歩)」
「ツール・ド・フランス等 (プロチームが舞台の自転車競技)」
「ケイリン」
「初心者向けの自転車教本」
まで、数多くある。では、アオバはどれに当たるのか?というと、「全部」 網羅しているのだ。ダテに20年弱やってないという所であろう。しかも他の自転車マンガには無い特徴も数多く有している。例えば歴史。その自転車の製作者や、ディーラーがどのような思いを込めてその自転車を販売したのか?とか、この色はイタリアの王妃さまの瞳の色をモチーフにした、というような歴史的な側面もあり、読者を飽きさせない。それでいてアオバの原作者は、「あまり専門的にならないように」 と心がけていると、巻末のおまけページで語っていた。つまり、誰が見ても楽しんでもらえるような作品にしたい。という気持ちのあらわれなのではなかろうと思われる。だからこそ、他の自転車マンガを読む前に、基本としてこのマンガを読んでおくのは悪くない。と思うのである。
キャラクターについて
基本的には、アオバ(小学四年生)が主人公であり、彼女がいろいろな人の悩みを自転車で解決するという、やや強引な展開を愉しめば間違いない。しかし、アオバ以外にも個性豊かなキャラクターがたくさん出てきて、彼らが主人公となる話数もかなりある。アオバはずっと小学四年生という、サザエさん方式ではあるものの、微妙に時間は流れており、全く別々の話に出てきたキャラクターが結婚したり……というような展開も魅力の一つである。
中にはメイングループどころか、サブグループにも属さない一話限り登場人物も多数おり、短いながらも、内容の濃いドラマが展開されることもある。例えばウダツの上がらない中年サラリーマンが、くじで当てたマウンテンバイクに乗り、たった10センチほどの段差を登るだけという話があったりもする。また押入れに眠っていた分解された自転車パーツを売れないかとアオバ自転車店に持ち込んだが、その自転車には亡き父の思いが込められていた。などというエピソードもある。笑える話、恋の話、仕事の話、思い出の話など様々な話がある。が、中には目頭を熱くするような話もある。
このアオバの作画については、正直、「絵が古い」 と取る人もいるだろう。作者の個性ではあるのだが、今風の絵ではないことも確かだ。しかし重要なのは、登場するキャラクターがどんなドラマを織りなすかであり、また本作のキャラクターたちにはそういった意味で魂がこもっていると感じられる。
自転車と社会問題
本作が取り上げた題材として、やはり特徴的な話が、「自転車と社会問題」 についての話だろう。近年でこそ自転車マナーを取り扱った条例やルールがニュースになることも増えたが、それがいち早くそれを作品に取り入れられた作品である。ノーブレーキピスト、飲酒・無灯火運転。車道・歩道のルール、傘さし運転や輪行トラブルなど、身近で知らなかった問題を、この漫画で学んだ読者も多いと思う。その描き方においても、ルールは絶対厳守、無法者を絶対に許すな!という攻撃的な内容ではなく、最終的には安全で楽しい自転車ライフを!という、人がルールを守る本質的な大切さを問いている事が共感できる部分でもある。
アニメというメディア展開について
アニメ業界を知るものとしては、マンガのアニメ化というメディア展開についても語りたいと思う。まず原作者は元アニメーターである。巻末にアオバのなんちゃってキャラ表(キャラクターの設定資料)が載っていたこともあり、本作が「アニメ化してくれないだろうか」 というメッセージが添えられていたこともある。しかして、本作がアニメ化するか?というと、これまた高いハードルがあるだろう。現在アニメ化した自転車マンガは、「茄子」 「弱虫ペダル」 「ろんぐらいだぁす!」 「南鎌倉高校女子自転車部」 等があるが、茄子は別格として、3Dモデルによる表現などが出来るようになった今でも、需要が少ないことから映像化に踏み切る製作会社は少ないと思われる。まずある程度単行本が売れなければならなし、自転車の魅力を伝えるためのアニメはマーケティング的にも分が悪い。現状は少年漫画であり、熱血・青春という見どころを持った作品であったり、とにかく可愛い女の子が出る作品でないとアニメ化は難しいところだろう。
また、先にも少し触れたが、3Dはともかく、とにかく作画が大変ということもあるだろう。それは自転車を漕ぐという微妙なバランスの作画が大変というだけではなく、見栄えのする構図で描けるアニメーターが少ないからだ。ママチャリに乗っている人を描くだけでも大変なのに、構図を変え、レンズの歪みを考え、しかも自分の載ったことのないような自転車にキャラをのせるのは至難の業である。
以上のことから、かかる手間とリターンのバランスが取れいていないので、「アニメ化して欲しい」と思ってもなかなか難しいのではないかと思われる。
自転車と日本文化
最後に日本という 「自転車後進国」 について語りたい。アオバではキックボードからロードバイクまで、様々な自転車を取り上げて、自転車の文化と社会について知ることが出来る。偉そうなことを言うようだが、私もアオバで知り、興味をもっていろいろと自転車について調べ、ついにはスポーツバイクを買ってしまったクチである。毎日のように乗り、整備し、ルールを勉強し、文化を垣間見てきた。ズブの素人がこれほどに自転車について興味を持てたのも本作のおかげと言って間違いない。
例えば自転車レースというスポーツが、実は世界の三代スポーツイベント(これも諸説あるそうだが)に入っていたり、ママチャリは日本にしか無いとか、外国には自転車ごと乗れる電車があるとか、ブランドとか、価格帯における性能とか、知れば知るほど奥の深いジャンルなだ。知れば知るほど楽しいし、いい自転車に乗れば、これがただの乗り物ではないことを知ることになると思う。
おそらく多くの読者が、本作をみて、「身近にあるのに新しい世界」 に気づかせてもらったのではないだろうかと思う。本作のテーマ性や誰にでも手の届くツールとしての着目点は今後も本書を愛読する読者の心を離さずに続いていくものと思われる。
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