後ろ向きなのに前向き
渡瀬恒彦の魅力
主人公の和田喜代美を演じる貫地谷しほりのフレッシュさを越えて深い魅力を放っていたのは、先日他界した渡瀬恒彦だと確信する。落語家を目指す後ろ向きな主人公の師匠である、渡瀬演じる落語家徒然亭草若は、世捨てのようないでたちで登場するのだが、実は深い愛情と熱意を持った人物であることが、回が進むにつれてにじみ出てくるのである。妻を亡くし憔悴していた草若が、個性的な弟子達と家族のような日々を暮らすにつれて、もう一度落語の舞台に立ち存在感を復活させるというのが見どころであろう。
個性的なキャスト
このドラマを機会にブレイクした俳優さんを2人あげると、ひとりは、主人公の夫となる弟子の草々演じる青木崇高である。これまでほぼ見たことのない俳優だったが、ワイルドなルックスといい、破天荒な行動といい、やたらと目立った。喜代美に愛の告白をする場面でアパートの隣の部屋をぶち壊して入ってきたのには驚いた。もうひとりは、落語家の桂吉弥だろう。人の良さそうな自信なさげなキャラをとても自然に演じていたのだが、本職は落語家であることを知らなかった人は多いだろう。今ではバラエティー番組でよく見かけるようになった。大好きな女優さんで和久井映見も実母役で福井県の若狭塗りの箸職人の妻であるが、天然で可愛いらしくて、優しくてどんくさいところが娘の喜代美とよく似ている。脇役に箸職人の松重豊や米倉斉加年、江波杏子、京本政樹など渋い俳優陣がいる。また、面白いところでは居酒屋「寝床」の主人であるキム兄こと木村裕一や仏壇屋のキムラ緑子もディープな雰囲気を匂わした。
瀬をはやみー
「瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に 逢はむとぞ思ふ」この一節がよくでてくる。崇徳院が詠んだ和歌である。「せおはやみ」って何かなとはじめはわからなかったが、古典落語の演目に「崇徳院」というのがあって、この和歌をもじっているのである。滝のように早い流れで分かれても再びもとの一つの流れに戻る。再会することができるとの思いを歌った恋歌だという。実は、これがドラマの根底に流れるテーマなのではないかと思えてならない。徒然亭草若はじめ、一門のそれぞれに当てはまるようでならない。妻への思い、家族への思い、落語への思い、伝統を守っていくという思い、それぞれが葛藤しながら、後ろ向きになりながらも前を向いて成長する、という心を打たれる朝ドラなのである。
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